身すぎ世すぎ。

映画、演劇、HELLOが3本柱の雑感×考察

深夜食堂 監督/松岡錠司  感想

  • 評判を呼んだ深夜TVドラマが3部あって全30話。監督に松岡錠司山下敦弘、脚本に監督とゆかりの真辺克彦や向井康介、さらに先輩格に当たる荒井晴彦もちょこっと加わり、撮影(いい画だなぁと思うと、撮影・近藤龍人だったり)や美術もふくめて実力のある映画屋さんが作品づくりの中枢を担っていることを感じさせてくれた。1話ごとに出来のムラはあれど、元々のドラマ自体が「映画」を感じさせる良作が少なくなかった。映画はそのスタイルを引き継ぎつつ、「めしや」の屋外としての裏路地の空間を、そこだけ時代から取り残されたエアポケットみたいにつくり込み(美術セットの精華!)、ふらっとそこに迷い込んだわたしたちを心ゆくまで憩わせてくれる。
  • ドラマでは新宿ゴールデン街の外れあたりかな、とお店の位置の見込みが立ったけれど、映画の「新宿区よもぎ町」はその猥雑レトロな雰囲気を残しながら、どこにでもありそうでもはやどこにもない懐かしい異空間の印象が強い。「ニトロな夜」「嘘」「離愁」「雨のアムステルダム」など、映画ファンの心をくすぐる店看板がぼうぅと浮かぶその濃密な夜の匂いともども、映画が終われば空間ごとふっと消えてゆきそうな儚さを湛えている。
  • 映画はプロローグとエピローグをはさんだ3話構成で、それぞれ「ナポリタン」「とろろご飯」「カレーライス」とテーマになるご馳走が絡んでくる。たとえば、「とろろご飯」篇では、多部未華子が化粧っ気を消して好演する地方出の娘みちるが「めしや」で無銭飲食をやらかす。腱鞘炎かなにかで利き腕がきかなくなった小林薫演じるマスターの助手としてお店で働くうちに、男問題を抱えた彼女の過去のいきさつが浮かび上がってくるという展開だ。で、追い詰められ行き場をなくした局面やら、嵐が去って一息ついた局面において、マスターがみちるにゆかりのとろろご飯を振る舞ってあげる。リクエストに応えたり、粋なはからいだったり――「めしや」は常連さんにしろ一見さんにしろ、そんなふうに危機に瀕した日陰者たちの、駆け込み寺みたいな安息の吹きだまりなのだ。他人の過去に深入りしないが、よき聞き役として窮地は助ける、気持ちがぐらついてるときはぴしっと叱って道筋を示唆してあげる、というマスターのスタンスが素敵。それでいて、あるいはその“素敵”ゆえに、マスターをめぐって、新橋の料亭の女将(余貴美子)とみちるが淡い三角関係をかたちづくったり……。
  • TV版が「めしや」を起点にして、1話分の主役を成すゲストの外の世界にドラマの軸が移行してゆくのに対し、映画版はマスターが取り仕切る「めしや」という室内空間の会話をあくまで主軸にして、より空間を限定した集団人情劇に仕立てようにしてるふう。片目に丹下左膳のような傷痕があり、過去にワケありそうなのに飄逸の姿勢をつらぬくマスター=小林薫の持ち味をTV版以上に生かした演出だ。店が暇なときにマスターが欄干で煙草をくゆらす外景としてのみうかがい知れたお店の二階内部に入りこんだり、謎めいたマスターの生活空間までを覗ける趣向がうれしい。
  • ナポリタン」篇に登場した高岡早紀(旦那と別れたばかりの愛人で“2号さん”という死語がぴったりくる)、柄本時生(よせばいいのに高岡に惚れてしまう安月給の新米サラリーマン)、エピローグにひょいとお店に現れる田中裕子(悲調をふくんだコメディエンヌなキーパーソン)、さらにはオダギリジョー松重豊光石研安藤玉恵宇野祥平不破万作ら馴染みのキャラクターに至るまで、ひとりひとりの役者さんに味がある。美術(原田満生)も撮影(大塚亮)ほかスタッフワークもこみで映画が集団の娯楽芸術であることを思い出させてくれる。実に丁寧に丹精込めてこしらえていて、映画自体に品がある。匂いがある。抑制の効いた情味がある。ねちねちせずに、すきっとみせる気っぷがある。
  • 佳品だった『歓喜の歌』(2008、脚本/真辺克彦とのコンビ作でもある)以来、いや、その後にわたしは未見の1本があってそれがコケたのが原因だろうか、映画が撮れない状態が続いた松岡錠司の執念の復活をなにより寿ぎたい。ふらっと立ち寄れば、ずっと長居したくなる映画です。正月1弾、2弾の日本映画の中ではこれがイチオシ! いい出汁がでています。(丸の内TOEIほか、全国東映系にて公開中、わたしは暮れに観たので、記憶違いはご容赦を)
    • TV版のことをもう少し。一条さゆりを思わせる往年の人気ストリッパー、引退してなおかくしゃくとした老女をりりぃが演じた第9話「アジの開き」篇(監督/山下敦弘、脚本/向井康介)、松重豊演じる地回りやくざと光石研演じる刑事の、青春期の哀切な因縁譚・第11話「再び赤いウインナー」篇などが秀逸でした。第15話「缶詰」篇など、このマスターは凝ったグルメ料理をこしらえるんじゃなくって、持ち込みの缶詰やラーメンなんかに一手間くわえて素朴な、懐かしい味に仕立てる名人(メニューは豚汁定食のみ、後は客のリクエストに応じてつくれるものはなんでもつくる主義)ってのがいいですね。お客さんの秘めた記憶を刺激する懐かしい味、というのが一話完結のドラマと分かちがたく交差するんです。カレイの煮付けを一日寝かせた第14話の「煮こごり」ご飯のせもすこぶる美味しそうでした。きりがないからもうやめますが、光石研篠原ゆき子の刑事迷コンビの顛末記・第29話「レバにらとにらレバ」篇(監督/松岡錠司、脚本/真辺克彦)も可笑しゅうて味わい深い。原作は安倍夜郎のコミックス。

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