身すぎ世すぎ。

映画、演劇、HELLOが3本柱の雑感×考察

『不思議なトンネル』   作・吉澤ひとみ

nicogori2007-05-11

辻ちゃん騒動から遠く離れて。

  • 仕事の合間合間に、《Dohhh UP!》 が上げてくれたSSA昼の「I WISH」を観てしまう。観るたびに惚れぼれとする。表情、仕草、声の抑揚、挨拶から歌への移行、トータルなフォルムと運動感、ソウルの交感。一点の曇りもない。不用意に「完璧」という言葉を使いたくなる。それでいて、完璧が陥りがちな閉じた予定調和がここにはない。あくまでオープンマインドで、決め事のなかにも肉声を届けようとする、温かい血が脈打っている。吉澤は「自由」という言葉を好んで使うが、「自由の刑」に処せられながら、自分を律し続けた者だけがもちうる自在な境地が、確かにここにはある。
  • 四期について自分以外の3人は「走ってた」と、2002年7月刊行の『モーニング娘。×つんく♂』で吉澤ひとみは述懐している。それに比べて「吉澤はスタートしてからいきなり歩いてた。……スキップとかしてたんじゃないの? って話も(笑)」。置いて行かれるという不安、「自由」であることの不安が次第につのる。仲良しだったごっちんの唐突な卒業報告が、そこに追い打ちをかける。さらに、思い入れの強かったプッチモニの尻切れトンボな消滅。トンネルに迷いこむ。その出口が見えた2004年は、写真集『8teen』(吉澤が掲げる04年三大ニュース第3位)があり、ガッタスの初優勝(同・第2位)があった。ひさびさの充実をみせた春の娘。ツアー『The BEST of Japan』には親友になった里田とアヤカが駆けつけ、よっすぃーのために泣いてくれた。
  • ところで、約2週間後の後藤真希卒業コンをあわただしくひかえた2002年9月初旬に、娘。童話集『魔法のハート。』が発売された。正直、編集サイドがもう一手間も二手間もかけてほしい仕上がりだった。けれど、随所に原石の光があった。そのなかの掌編、吉澤ひとみ作の『不思議なトンネル』には、コントロールできない思春期の気持ちの在りよう、みずから「心の扉」をこじ開けることへの願いがみずみずしく宿っている。以下は、いささか不遜ながら、重複と説明過剰でまだるっこしくもある贅肉の部分をエイッとそぎ落とした、そのダイジェスト版。肝心な物語の生気がだいなしになっていないことを願いつつ。
「発端」
時は2002年。沙紀は15歳、美容師になることが夢のごく普通の高校生だ。夏のある日のこと。いつかネイルサロンを開きたいというクラスメートの亜美に「人気のある仕事、大変そうだね」と返した言葉がぶっきらぼうだったのか、あんたには美容師なんて向いていないと大逆襲を受ける。手先が器用じゃない、寝癖のついた髪で学校にくるようなおおざっぱな人のくせにぃ、沙紀の夢はちっとも現実的じゃない、って。沙紀はちょっとムカついて「いい加減にしてよ!」と怒鳴ってしまう。亜美はびっくり眼(まなこ)に涙をためて口をきかなくなる。以来、学校では亜美と共通の友達の態度までがおかしくなった。パン屋になりたい志穂、保母さん志望の加奈――。
「破裂」
わたしのいないところで、まわりの友達を味方につけるなんて。たしかに無愛想なわたしだけど、そんなズルいことは大キライ。言いたいことは直接亜美に言ってやる。そう意固地になって、志穂にも加奈にも沙紀はなんの反論もしない。カゲに隠れて、亜美はニヤニヤしている。押し黙るほど、沙紀は分が悪くなる。結局グループから孤立してしまう。友達って何? 家でも気持ちがムシャクシャして食欲がなく、心配するママに八つ当たり。母親の気づかいまでがうっとうしい。ほっといてくれればいいのに! 弟はとばっちりがこないように、黙々とご飯を食べている。沙紀は大好物のまぜご飯を残して家を飛び出してしまう。
「彷徨」
夕闇の迫る道を歩いてる。淋しさと悔しさで沙紀の心はささくれ、とがってゆくばかり。わたしの気持ちなんて、どうせ誰にもわかりっこない。ひとりぼっちでもかまうもんか……。薄紫色の空の下、沈みかけた太陽がビルの窓々に映えてオレンジ色をキラめかせている。吹く風はなま暖かい。涼を求めて川べりに出る。見慣れないトンネルがある。引き込まれるように中に入る。真っ暗だけど、天井には惑星が大きくまたたいている。そのまま宇宙につながっているみたい。トンネルをくぐり抜けると、そこはなじみの商店街だ。ツタの絡まるおんぼろ屋敷の前に、長いあごヒゲをたくわえた白髪の老人がいて、ぎろりと沙紀をにらんでくる。そしてボソッとひとこと。「自分と会うなよ、世界が壊れるからのぉ」。
「邂逅」
商店街では、「山田製パン」が「Bakery Yamada」に名を変えてオシャレに変身していた。匂いに誘われて中にはいると薄化粧の志穂がいた。バイトしてるらしい。焼きたてのベーグルをくれた。すごくおいしい! って誉めたら、志穂の目がキラキラした。沙紀は予感に駆られてわが家をめざした。柿の木をよじ登り、二階の屋根を忍び足で伝った。沙紀の部屋の窓越しに、弟の声がする。亜美の声もする。沙紀は聞き耳を立てる。弟を実験台にして髪をカットしようとしてる「17歳のわたし」の様子が聞こえてくる。手本はたぶん、亜美の持ってきたファッション雑誌。カーテンの隙間から見えた亜美の爪には、キレイなネイルアートがほどこされている。きっと自作なのだろう。沙紀はふと自分をふり返る。2年後の未来も想像できないままイライラしていた15歳の自分自身を。
  わたし、自信なかったんだ。
  何もかもうまくいかないような、
  先の見えない不安で胸の中がいっぱいだった。
  それで、心を閉ざしていたのかもしれない。
「帰還」
2004年の自分に気づかれないよう、沙紀は野良猫のマネをして屋根を降りる。やることがひとつ残っていた。17歳の沙紀の電話を盗み聞いてしまったから。次の日、沙紀はテニスコートの応援席にいた。真っ青な空に白い雲。日差しが強い。「モリちゃ〜ん、ファイト!」沙紀は叫んだ。コートのモリちゃんはちょっと驚いたふうに沙紀を見てからキレイに微笑んだ。未来のわたしが急用でボーイフレンドの大事な試合をすっぽかしちゃうなら、15歳のわたしが役に立ってあげよう! 「いいなぁ。わたしもモリくんみたいな彼がほしいなぁ」。隣の席の加奈が言った。そんな加奈にも彼がいる。淳くんという2歳の彼が。加奈は保育園のアルバイトをしている。みんな一歩ずつ夢に近づいているんだ。「で、どうするね? このままこの世界にいるかい?」と、木陰の老人が問いかけた。「帰ります。ここには、ここのわたしがいるから」。老人は穏やかに微笑んで、魔法の時計を遠くへ放った。そこにトンネルができた。
  目の前には、不思議なトンネルが静かにぽっかりと開いていた。
  星空をくぐって。
  自分の世界に帰ろう。
  • これは15歳の吉澤がもしモーニング娘。入りしていなければ、という彼女自身の想いが映じた物語だろう。と同時に、17歳の吉澤が生きつつあった「トンネル」の物語と、それが二重写しにもなる。ありふれたタイムトラベルものにみえて、かたやこうあり得たかもしれない15〜17歳の物語、かたやこれからはじまる17歳〜19歳の物語、という時間のズレ(タイムラグ)の妙味があることに着目したい。そして、吉澤ひとみがイメージする「トンネル」が、「真っ暗だけど」「そのまま宇宙につながっているみたい」なトンネルであることにも。

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