身すぎ世すぎ。

映画、演劇、HELLOが3本柱の雑感×考察

美女木ジャンクション 4/26夜 補足・総合

  • エッグの小川紗季ちゃんがナナメ前の客席にいつもステージで見せてくれるのと同じお茶目な笑みを浮かべてやってきたとき、わたしの隣の見知らぬヲタさんは思わず腰を浮かして狂喜していたが、このひと、無意識には違いなかろうけど終始荒い息で観劇するクセがあって、それが半ばいびきのようにも聞こえるのでこちらはそのゴーゴーいう音と友達になりながら集中力を高めねばならず、劇が終盤に差しかかるとそのいびきのような鼻息が周囲5,6席の耳を確実につんざくような嗚咽にとって代わり、いやはや呆れるばかり。でも、不思議と嫌な気はしなかった。わたしもタイソン大屋→前田憂佳福田花音の芝居に、正しく3度泣かされた。
  • ジャンクションといえば、わたしはやっぱり『2001年宇宙の旅』と並ぶ哲学的SF映画の金字塔、『惑星ソラリス』のオープニングで使われた三宅坂ジャンクションを思い出してしまう。『2001年宇宙の旅』が猿人から超人にいたる人類の知の道程を、イメージを思い切り飛躍させながら描いた映画なら、『惑星ソラリス』は心の奥にしまいこんでいるナマ傷といかに忘却に逆らってそれぞれが誠実に向き合えるか? と問うパーソナルな内宇宙の映画だった。その旅のはじまりの近未来都市空間として、タルコフスキー赤坂見附近辺の、夕刻から夜にかけての抽象的な立体感と流動感をロケ撮影によって取りこんでみせたのだった。
  • 美女木ジャンクション』の舞台空間は抽象的なモノトーンと青の世界だ。道や橋をあしらった平行線と円弧が、中央で重なり、多声的な旋律を視覚によって奏でながら、大波小波のように幾筋も上手・下手へと伸び上がっている。グラフィックなジャンクション。ほんとに喚起力のある素敵なセットです。オープニングにまず物語のカギとなる事件が起こる。ナゾの少女がハイウェイに飛びだして立ちふさがり、車の流れを止めて立ち去る。ほどなくその前方に落雷があり路面が崩落、少女が車止めしなければ大惨事になっていたはず。この少女は予知能力者なのか。それとも現代の救済者なのか。彼女は「美女木少女」と呼ばれ、一夜明けて都市伝説となる。ナゾを後に残したツカミとして鮮やか。
  • わたしがはじめて大人の麦茶公演を観たのは、ロビンが客演した2年前の『コトブキ珈琲』だった。このときは、小川紗季ちゃんと仲良しコンビ「ヘンリカズ」*1 でも知られる福田花音ちゃんがちょうど観に来ていた。オトムギの作・演出の塩田泰造さんは自主映画からCM界へ、というキャリアをもった方で、TVやCMの比較的小さな仕事はいまでもされてるみたい。自主映画の仲間たちのその後を、舞台上でみごとに映像を使いこなして描いた『コトブキ珈琲』のみならず、塩田さんの舞台は映画的な発想や手法を感じることが少なくない。物語の“語り口”自体にそれを感じる。
  • 美女木ジャンクションで起こった少女の事件を起点にして、舞台『美女木ジャンクション』はふたつの家族の3つの日常空間と、ひとつの病室に降り立つ。ひとつは福田花音演じる鞍馬乃里子のママである売れっ子漫画家とアシスタントの仕事場クラマクラ。ひとつは母ひとり娘ひとりの鞍馬家の家。もうひとつは前田憂佳演じる矢吹ヒロの父親が内弟子と営む小さな内装店と、おそらく同じ家屋の父子家庭のビンボー所帯。病室には、美女木少女のおかげで大惨事に巻きこまれずに済んだものの、飛び出す少女に急ブレーキをかけた反動で病院送りとなった独り者のトラック運転手ヒロシゲがいる。
  • これらの空間は、一見バラバラのエピソードをおのおのにつむぎながら、親友の乃里子とヒロを中心に、意外な人間関係やら行き帰りの道々の出来事やら乃里子とヒロが操るケイタイなどを介してゆるやかに切り結び、やがてすべての挿話がひとつながりに束ねられ、新たな局面を予感させつつそれぞれの道へとまた離れてゆく。いくつもの支流となる物語が平行して進行し、やがてひとつの奔流に結びあうというのは、映画の得意技である“クロス・カッティング”の手法だ。ここではそれを巧みに利用しながら、男と女、子供のような大人と大人のような子供が、意想外なつながりを見せ、人肌のぬくもりをその場に残してはハグれてゆく。劇のトータルがジャンクションのような構造物になっているのだ。
  • さて、ナゾの少女は予知能力者ではなかった。現代の救済者でもなかった。そんなのは、幻想の少女に救済されたがっているおじさんの願望にすぎなかった。エッグの古川小夏ちゃんは「舞台を見る前に憂佳と花音に会ったら、先に憂佳にオチに関わるキーワードを言われちゃって…」と《こなつブログ》に書いているが、そのキーワードとなる○○○○○は拍子抜けするほどのもの。それでいて、血の通った生身の少女のまっすぐな真情が観るものの胸に改めてすっくとせり上がってくるわけで、そのあたりエモーショナルでありながら軽妙な、オトムギならではの演劇表現のたまもの。キーワードをここで明かさないのは、DVDで観ようかな、と思ってくれる方に配慮してのことです。

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*1:福田花音小川紗季の舞台デビュー作『34丁目の奇跡』においてダブルキャストだったふたりの役名がヘンリカ。ちなみに、『34丁目の奇跡』は岡田ロビン翔子のデビュー作でもある。