身すぎ世すぎ。

映画、演劇、HELLOが3本柱の雑感×考察

東京少女 真野恵里菜 第三話 2/21

『 甘い罠にご用心 』 監督:豊島圭介 脚本:加藤淳

  • 「東京少女」は、ひかりTVでやっていた15分シリーズを例外にいままで観たことがなかったが、今シリーズを3話まで観て、発想も手法も、自然光の生かし方や画面の切り取り方をふくめ、「映画」だなぁと感じることが少なくない。エンド・クレジットの表記も「演出」ではなく「監督」だし。室内撮影にしろ、ディレクターはスタジオの副調整室で指示をだし、テクニカルDによってカメラ3台がスイッチングされてゆく、という地上波TVドラマのシステマティックな撮り方とはまったく違う。ていうか、基本、オールロケですよね。低予算という条件のなか、映画の方法とTVドラマの方法、たがいの長所をすりあわせ、若い職人集団が手づくりで楽しみながらつくっているようだ。
  • 第三話は軽い仕上がりだが、事故か事件か、「私の大切なもの」が別のものとすり替わってしまい、双方を元通りにするための追跡がはじまる、というプロットは、クリント・イーストウッド監督の新作『チェンジリング』と同型だ。「私の大切なもの」が『チェンジリング』では「わが子」であり、『甘い罠にご用心』では「私の手づくりチョコ」ということになる。『チェンジリング』ではそれが生涯を賭けた母(アンジェリーナ・ジョリー)の孤立無援の闘争劇になる。『甘い罠にご用心』は、青春を賭けた女子高生の恋の冒険劇、には残念ながらならない。『チェンジリング』は映画の臨界点と向きあっているような異貌の物語の凄みがある。『甘い罠にご用心』は学園ロマンス・失恋篇の物語の月並みさに照れて、コミカルに異化して遊んでいる感じ。
  • そういう遊びの演出に対応してみせる、真野恵里菜の可愛くて感度のいいコメディエンヌぶりが、今回の見どころだ。公園の塀ぎわを抜き足差し足、恵里菜は忍者みたいに待ち伏せして意中の先輩にチョコを渡そうとする。その引きのショットに、マーラー交響曲「巨人」がカッコーのさえずる朝の予感をはらんだ序奏を響かせる。それが転じて浮き浮きした野辺歩きの主題を奏ではじめると、先輩がメルアド交換をお願いしてくれるではないか。むらさき系のフィルターを使ってるんだろうか、枯れ木と校舎と雲をバックにしたのどかな仰角ツーショット。よっしゃー! と恵里菜はひとりごち、歩きながら思い出し笑いする。そのスローモーションの浮遊感。この導入部の流れは、本篇中でいちばん好きかも。
  • 友達のユカリの話によると、バレー部の先輩に渡したチョコは激辛爆発チョコで、昨日いっしょにつくって冷蔵庫から出すときに左右入れ替わっていたらしい。ユカリが爆発チョコを浮気もののボーイフレンドへの腹いせにつくるのを、恵里菜は手伝っちゃったのだ。昨日はくしくも13日の金曜日。ホラー調? と思いきや、チョコづくりの回想は、真野恵里菜と北出菜穂がマネキンになってコマ撮り風(真野ちゃんいわく「セルフストップモーション」)に演じる仕掛けだ。アメリカン・ホームドラマのパロディみたいな『オー!マイキー』のパロディみたい。ていうか、オマージュですよね。なかなか手のこんだ遊びではないか。チョコにマスタードやわさびやペーパーソースやこしょうをまぜまぜしてクシャミするところや、月までぶっとぶ辛さ! というユカリ=北出菜穂の悪魔的な笑いに対するマネキン恵里菜のびっくりリアクション――そのねらったすっとぼけ方がとびきり可愛くて可笑しい。これに続く、先輩への対処法の漫才風シミュレーションは、でっかいリボンに頬紅のアホっぽい真野ちゃんにニヤリとできることをのぞくと、遊びがすべって成功しているとは言いがたいけれど。
  • 恵里菜がずんずんユカリを引っ張って、自分のチョコを奪還しに彼女のボーイフレンドに会いに行くくだり。この屋上のシーンも、強気の恵里菜がふたりのケンカにひるんで思わず「すみません」と謝っちゃったり、ふたりがしれっと仲直りして、「どう思うこれ?」って振り向きざまにカメラ目線ですねたりする、真野ブログいわく「コメディっぽい」「しぐさや表情」が楽しい。でも、そういうコミカルな細部とは関係なく、ここは相米慎二監督の『セーラー服と機関銃』にちょっと目配せしてるみたいなところがある。屋上の芝居を俯瞰の大ロングで長回ししているし、なにより外股で仁王立ちに地を踏みしめる恵里菜のフォルムが薬師丸ひろ子を連想させる。けどなぁ、形だけ真似してるだけやん、と突っこまれれば、わたしは言い返せないかもしれない。豊島監督はどうだろう?
  • 1年3組、富田恵里菜が男子バレー部の更衣室に忍びこみ、汗臭い着替えをかき分けて先輩のチョコを元通りに取り替えておく、というシーンは物語的には本篇、最大の見せ場だろう。少女が想い焦がれる年上の異性の部屋に忍びこむ、というシチュエーションは、マックス・オフュルス監督の『忘れじの面影』という往年の名画を思いださずにはおかないが、ためしに脚本の加藤淳也のバイオグラフィをネットで調べると、BS-iの「恋する日曜日」シリーズで『忘れ路の面影』というホンを書いている。そうか、きわめて意識的なんだ。だが、かすかな物音にも感触にも反応せずにはおかない、あの少女の潜入のドキドキ感は望むべくもなかった。演出の問題か、脚本の詰めが甘いのか。
  • 忍びこんだ部室のなかから男子部員の歓声が近づくのを聞いてしまい、恵里菜に危機が迫る状況はサスペンスが極まるところだろう。物陰に隠れてどう脱出しようか? でも、恋心を利用する先輩の真意を盗み聞きしちゃって怒り心頭、どう反撃しようか? というダブルバインド状況は、悲喜劇的なアクションの見せどころにもなり得るだろう。が、いかにも安易に、シリアスな芝居に収めてしまったきらいがある。細部やスタイルにいろんな遊びやお楽しみのある作品で、好きなんだけど、うん、好きなんだけど、できればちゃんと「コメディ」として成立させてほしかったなぁ、というのがわたしの注文です。ユカリのボーイフレンド役の柄本時生なんて、タナダユキ監督の『俺たちに明日はないッス』とか廣木隆一監督の『きみの友だち』とか、イキがってるけど冴えない男子を演じてなんともいえない喜劇的な味があり、このドラマでは宝の持ち腐れっぽかったけれど、かっこつけたがる若手では実に得がたい、いい男優なんですよ。

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