身すぎ世すぎ。

映画、演劇、HELLOが3本柱の雑感×考察

エスケイプ・フロム・トゥモロー 感想

  • LAのディズニーランドで無許可ゲリラ撮影したロー・バジェット映画でありながら、本国アメリカで訴えられることなく、劇場公開を実現させた話題のダーク・ファンタジー。きっと、ホラー映画によくある主観ショットを多用したフェイク・ドキュメンタリー形式を、ファンタジー寄りに応用したもんだろう、くらいにわたしは思っていました。いやいや、よくあるキワモノの粗製品じゃなかった。
  • 妻がいて、幼い息子と娘がいる。家族4人での「夢の国」への日帰り旅が、家族サービスにあいつとめる若い父親にとって「悪夢」でしかないという、みんな大好きで仮に家族に対して嫌いとでも口に出そうものなら一斉攻撃を浴びそうな聖地=タブー空間への、視点移動のリアリティある着想が、あっ、やられた! と悔しくなるくらい、まずは面白いです。
  • この若い父親ジムは会社をクビになりかけて、妻にも言えないし、旅行当日もそれどころじゃありません。妻は妻で子育てにプレッシャーを感じていて、夫にまで口うるさい。ふとジムが目を放した隙に幼い娘が足を擦りむくと、信じられないという顔で彼を責めるんです。幼い息子はジムに対して反抗的で、何を考えてるのかわからない宇宙人っぽいところがあります。ときどき「光る眼」で応じる。
  • めくるめく光やスリルやキャラクターが誘惑してくる乗り物、出し物。それらに早くも「退屈」を感じはじめたジムは、本来、現実逃避の場所であるはずの「夢の国」から逃避すべく、妄想を発動させます。アトラクションのプリンセスに、あろうことか欲情するんです。お姫様キャラに、というより、それを完璧に演じて明るい笑いを振りまく、魔女のような仮面の女性に。下世話だけど、くすっと笑いたくなる発想のよさ。
  • 妻の視線を感じながら、女ふたり旅中のパリっ娘の媚態に惹かれてゆく、という妄想もあります。夜になり、園内のカフェテリアで酔っ払って妻にほとほと呆れられる、というくだりも。そんなふうに、妄想と現実が折り重なり、「夢の国」というパーフェクトに作りこまれたファンタジーの閉域が、みるみるブラックな空間へと加速的に様変わりしてゆくのです。その先は……ここでは書けません。
  • ねぇ、笑って許してくれるよね、ウォルト。あなただって偉大なる空想家じゃないか、というリスペクトこみの作り手の開き直りがあります。ディズニーは著作権にうるさいということばかりが喧伝される日本じゃ、絶対成り立たない企画でしょう。アメリカは裁判大国でありつつも、「創作における引用」にはそれなりのリスペクトをもって接してくれるみたい。引用する側、される側の相互リスペクトが企画成立の条件か。こういうところ、USAの度量を感じます。
  • 例の無許可ゲリラ撮影にしても、決して行きあたりばったりじゃない。ロケ場所や撮影方法について用意周到な準備を重ね、機動性のいいカメラの性能やテクニカルな裏づけをベースにして、その上での、無謀ともいえる思い切りのよさなんだ、と観ていて感じ取れます。
  • 驚き、感心したことを書き連ねてきましたが、うーむ、惜しいな、というところもあるんですよ。ストーリーテリングは、特に後段、「シュールな展開」で済ませられないほど強引、ちょっと下手すぎないかって。
  • なにより、ディズニー的なプリンセスに欲情して妄想が加速する、という逆手にとった発想は面白いのに、ちっともときめかない。色っぽくないんです。エロ目線が男の子っぽいのはいいとして、妄想こみの描写そのものがガキっぽい。発想は抜群にいい。ロケ効果を生かした、早撮りのモノクロームの撮影もいい。フルオーケストラによる本格的な劇伴音楽もいい。でも、大人向けの映画なのに、「演出」の感覚や技能が残念なことに子供すぎる……。
  • それにしても、なんとか完成にこぎつけたものの、はたしてこの映画は日の目を見るのか、劇場で公開できるのか、という胃がキリモミするような危機の波状攻撃はいかほどだったでしょうか。ひとまずは、その肝っ玉、瞬発力と粘り強さを讃えておきたいと思います。
  • これ有楽町の日劇を筆頭に東宝洋画系でやるんですよ! アイディア勝負の低予算映画なのに超強気です。『アナと雪の女王』というファンタジーの煌めく王道あってこその、邪道上等。「夢と魔法の国」に対する戯画的な暗黒面を浮上させるブラック・ファンタジーエスケイプ・フロム・トゥモロー』が、今年上半期のアナ雪大ヒット・ロングランの流れを受けて、今夏、興行的に化けてみせるか。日本では夏の打ち上げ花火ともならず、あえなくスルーされて消え去るか。かなり興味のあるところです。(7月19日より、TOHOシネマズ日劇ほか全国ロードショー)

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