身すぎ世すぎ。

映画、演劇、HELLOが3本柱の雑感×考察

ノア 約束の舟  感想

  • 今春3月に公開されると、アメリカ、ロシア、オーストラリア、ブラジル、ドイツ、ペルーと全世界いたるところで歴代オープニング記録を塗り替え、すでに興収300億円を突破している、とは日本公開前の情報でした。キリスト教文化圏じゃない日本でも、公開16日目で興収10億円突破の報。なかなかの快挙ですね。
  • 今回のも、創世神話に新解釈をほどこして目に楽しい大スペクタクル映画に仕立てあげる、というハリウッド流のコンセプトは似たようなものでしょう。が、『天地創造』があの巨匠ジョン・ヒューストンとはいえ低迷していた頃の、旧約ダイジェスト集みたいなお仕着せの企画だったのに対し、「箱舟」に焦点をしぼったこちらは上昇気流に乗るアロノフスキーにとって、おそらく子供時代からの夢の企画。さて、それをアロノフスキーはどう料理してみせるか? が何といっても興味の的となります。
  • 設定はざっとこんな感じです。アダムとイブの楽園追放後、人間界はカインの末裔が支配する争乱の世となり、地上は罪と血に汚れてしまう。カインとは、神話的な兄弟殺しで知られる兄のほうですね。ある夜、ノア(ラッセル・クロウ)は悪夢を見て、堕ちた人間どもを地上から一掃するとのお告げを受ける。以来、箱舟造りに精を出します。
  • CGに頼らない箱舟の壮観と、そこに運ばれてくるつがいの動物たち。やがて訪れる大洪水と、生き残ったノアの家族――妻と息子ふたり、そして戦下で助けた孤児の娘――たちの、未来をめぐる確執。舟に隠れていたカイン(レイ・ウィンストン)との決戦……
  • ノアはいわば、神に「選ばれし民」なわけです。使命を果たそうと急進化し、人間が権勢をふるうバッドな世をわが子の代かぎりにしようと決意します。動物たちが野を駆け、鳥が空を舞う――神が6日をかけて造った地上の楽園をもう一度元通りにしようとして。孤児の娘が箱舟の中で息子の赤ん坊を出産すると、その孫に剣を向けようとしさえするんです。
  • このあたり、キリスト教の「原罪」観というのが強烈に迫ってきます。ある意味、すごい。数年前、患っての入院中に、こんな機会にしか読まないだろうという本を何冊か病室に持ちこみ、福永武彦訳の現代語版「古事記」(河出文庫)をベッドでつらつら読みました。
  • 日本神話では、宇宙の生成をつかさどる3体の神が高天原に現れると、「あたかもクラゲが水中を流れ流れてゆくように頼りのない」天地混沌の地上が草が芽吹くように萌え立ち、そこに神々が生まれ落ちます。イザナギイザナミ、島の神、風の神、火の神、木の神、山の神……。一神教じゃない八百万(やおろず)の神の国づくり。彼らは争い事もするし殺し合ったりもして、「人間的あまりに人間的」なところもあるけれど、きわめておおらかで「原罪」とは無縁です。
  • 子供の頃、なんの映画か題名も思い出せないけれど、荒ぶる少年神のスサノヲが酒樽を7つ用意して、八岐の大蛇(ヤマタノオロチ)を酔っ払わせてから退治するのを観て、子供心に笑いました。なんとまぁ、ずるっこいやり方するねん、って。こういう哄笑エピソードもちゃんと「古事記」にあります。今その映画を観直したら、たぶん、あまりのちゃちさのほうに笑ってしまうでしょうが。
  • 一方、『ノア 約束の舟』では、「原罪」「神の裁き」「贖罪」をめぐって、大きくドラマが転回します。原罪をおびた人間の堕落を神に代わって裁こうとするノアが善き民で、血に飢えた戦士カインが悪人? いや、わが子の希望も断つ最後の一撃に向かって、そんなふうには必ずしも割り切れなくなってくるあたりが、アロノフスキーならではのドラマ的な新機軸です。切迫感があります。
  • 創世神話を家族の感動物語に都合よく回収してしまったきらいは否めませんが、「裁き」より「赦し」の属性を帯びた女優陣のりりしさを何より好ましく感じました。父ノアに恋人を見殺しにされ、カインを舟に匿い、ひとり家族から離れて旅立つ息子ハム(ローガン・ラーマン)の傍系エピソードも効いていて、アナザー・ストーリーができそう。
  • うろこのある美しいケモノに矢が突き刺さるショットが、カイン率いる人類の残酷さをシンボライズさせて、印象に残っています。けれど、悪のはびこる地上のリアリティより、予知夢などのほうに映像として力があるのがアロノフスキー流ですね。足の裏がベトつくような、血の海。その悪夢的スペクタクルも、総じていつもよりダーク・ファンタジーの結晶度が薄めではありますが。むしろ、人類を未来につなぐ伝令役、白鳩の目にカメラが成り代わった、乾いた大地がみずみずしさを帯びてゆく映画ならではの大鳥瞰ショットのほうに力感がありました。まぁこのあたりを落としどころにするのが、ハリウッド大作の鷹揚さとも限界ともいえそうです。

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