身すぎ世すぎ。

映画、演劇、HELLOが3本柱の雑感×考察

外堀を埋めるシリーズ 7c

超HAPPYな惜別の振付。〈断片的エピローグその3〉

  • 『娘。LOVE IS ALIVE! 2002春』in SSA は、夏の嵐をまだ知らぬ娘たちが波打ち際の切っ先に立っているようなライブだったと思う。炎と拳が天を突く「そうだ!We're Alive」にはじまり、男役×女役のコール&レスポンスと娘。×観客のコール&レスポンスが交差・融合する「Mr.Moonlight」をへて、オーラス「本気で熱いテーマソング」の“モ〜ニンムス〜メ!”の決めポーズが終止符。砕け泡立ち白濁しては澄んでいく波のように、13人の集合パフォーマンスはフォーメーションをカオスとコスモスの境界に変幻させる。歌とダンスがうねりのなかで手を取り、視線を交わし、ライブ会場には娘。がそこここに遍在するようなミュージカル的多幸の海が現出する。『ハロプロ2006夏ワンダフルハーツランド』のクライマッスクとなった紺野あさ美小川麻琴高橋愛新垣里沙の「好きな先輩」も、27万人を動員したこのツアーではじめて披露されたのだった。
  • この年の“夏の嵐”に直接・間接のあおりを受け、娘。を偏愛するいちロムラーとして信頼してきた歯ごたえあるテキスト・サイトがいくつも消え、あるいは距離を置きはじめた。いや、“本気で熱い”ロック・サイトのいくつかは、嵐の一報を待たず、春のライブをピークにして娘。周辺に冷めつつもあったのだった。まぁその辺の事情はわたしの語るべきことではない。烈風が娘。に与えた大打撃のひとつとして意外に語られなかったのは、娘。とミュージカルをつないだ最大の功労者ともいえるコレオグラファー夏まゆみの“心ばなれ”だろう。もうひとつの“夏”の嵐。
  • そのことを夏さんは自著「変身革命」で、感動的なエピソードとともに正直すぎるほど正直に吐露し、この本のもっとも面白い箇所のひとつをかたちづくっている。娘。ミュージカルはじめてのデュエット・ナンバーが橋の上と橋げたの下で後藤真希紺野あさ美によって演じられた、あの『モーニング・タウン』初日の幕がいよいよ開くという2日前、夏まゆみのお父さんが亡くなったのだという。舞台稽古は大切な追い込みのさなか。みんなが帰るよう勧めるのを稽古場に居残って娘。につきあい、初日を見届けた。帰郷した通夜の翌日はまた東京に舞い戻っての振付がひかえている。棺の父を見ながら頭のなかが「ぐちゃぐちゃ」になる。夢を形にするためにほっぽり出してきたものたちへの悔恨、自責。それでも「お父さんも応援してるから行きなさい」という母に背中を押されるようにして告別式を中抜けした。そうして、胸ぐらに猛然と襲いかかる悲しみと闘いながらつくり上げた振付こそ、夏まゆみ自身が「幸せづくし、幸せいっぱい」という「幸せビーム!好き好きビーム!」と「幸せきょうりゅう音頭」なのだ。
  • 夢を届けるショウビジネスはある意味、非情で苛酷だ。無理の重なった夏さんはとうとうパンクし、娘。結成以来、はじめて仕事に穴を開けて休みをとる。その休養中に、思い入れの深いタンポポプッチモニの編成替えの話をニュースで知る。いままで5年間、睡眠1日3時間ペースで娘。とともに走ってきた。ここいらが「少し速度をゆるめて、一度立ち止まってみる」時期なのかも……。そういう心境を秘めてつくられた「ここにいるぜぇ!」の振付は、こと振付に関するかぎりミュージカル的な密度のもっとも濃いものになったと思う。
  • もともとダンサー夏まゆみはブロードウェイにあこがれて80年代からニューヨーク通いを続けてきたのだし、はじめて在籍したグループもミュージカル劇団だった。「生涯の映画ベストワン」と公言するのは、『シカゴ』で知られるボブ・フォッシー監督・振付の映画オリジナル『オール・ザッツ・ジャズ』。ミュージカルがコレオグラファー夏まゆみの原点なのだ。「ここにいるぜぇ!」の振付には、出かける前にコンロの消し忘れが気になってブーツの片方だけ脱いでケンケンしながら部屋に上がったときの「いまの動作つかえる!」みたいな、日常シーンのひらめきが詰まっていて、それまでの娘。の曲にも日常的な動作からのヒントはいろいろ生かしてきた、と彼女は語っている。民族舞踊とも親和性が深いミュージカル・ダンスは、もとよりそういう生活の場に根ざしたものだ。
  • ここにいるぜぇ!」のステージ衣装は『略奪された七人の花嫁』に代表されるカントリー系のミュージカルを連想させる。なのにそのコレオグラフィは、夏まゆみが敬愛してやまない都会派ボブ・フォッシーの振付の特徴を思い起こさせるのが面白い。そんなところにも、夏さんのこの曲への思い入れの深さがうかがえる。ちなみに、フォッシーの天才的な振付は猫背・内股といったダンサーとしての自分の欠点を振付上の個性に変えてしまったもので、ちょっと「欠点じゃない、個性だから」の娘。スピリットに通じあってもいるよう。内攻的に肩をすぼめぎみの、それでいてエネルギッシュなフォッシーの振付を、夏まゆみが「ここにいるぜぇ!」というポジティブ・ソングに、バラバラななかのパワーの噴出というか、ある種アンバランスな突出感をもたらすべく応用している感覚を、ライブで体感するのはとても愉しい。片方の肩をぐいと下げてジャンプするとか、腰を後ろに反り返って下げた腕でリズムをとるとか。
  • 「以前のモーニングには絶対つけなかった振り。全体のパワーだけでなく、ひとりひとりがある程度のレベルでエンターテインメントできてないと、かなり難しい作品」と、夏まゆみは「変身革命」で「ここにいるぜぇ!」を総括している。娘。への想いを断ち切る備えのための冒険と情愛を、このハァハァゼイゼイ超前のめりな曲に夏さんがめいっぱい込めたのだと、わたしには思えてならない。それから夏さんは少しづつ娘。の現場から離れて、やがて振付の総大将であることからも身を引いてゆく。夏まゆみの影を追うのもここらでやめにしよう。いまの彼女の主戦場のことをわたしはなにも知らない。なにより、以後しばらく現場系のファンが低調、マンネリと気持ちが離れかけていた娘。ライブは、夏まゆみのクレジットが完全に消えてしまう2004年春の『The Best of Japan』、四面センターステージへの挑戦あたりから再び上昇気流に乗り、その放射力をいまにいたるまで増しているのだから。*1

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*1:夏さんは『娘。コンサートツアー2005夏秋 バリバリ教室』でワンツアーのみ娘。ライブの主力に復活し、夏さん馴染みの娘。系乗り物シリーズの佳曲「恋の始発列車」や「バイセコー大成功!」、吉澤ひとみメインの「男友達」なんかのハッピーな振付で小春ちゃんを迎え入れてくれました。