身すぎ世すぎ。

映画、演劇、HELLOが3本柱の雑感×考察

シンデレラ 初日8/6(新宿コマ)雑感

  • 締切の迫った仕事をおっぽりだして初日の『シンデレラ the ミュージカル』を観てきた。愉しかった。若さが持ちうる涼やかで透明なエレガンスがそこにあった。遠い国の星々のまたたきのような。その中心を高橋愛のシンデレラが担っていた。OGを含めた宝塚の面々が大人がもちうる成熟したエレガンスでそれを支え、ミュージカルに厚みを与えてくれた。“歌ものミュージカル”といえる『リボンの騎士』にはほとんどなかったものをあげれば、ダンスシーンが見せ場としてたっぷりあること。その分、宝塚色が濃くなったわけだが、クラシック・バレエの素養をもち宝塚に憧れ続けた高橋愛=シンデレラがうれしさに打ち震えるようにその空間に溶けこんでゆくピースフルな喜悦感ともども、夢見心地なダンスシーンに観るものがどう感応するかで『シンデレラ』の印象度はずいぶん変わるだろう。
  • リボンの騎士』はファンタジーとロマンスの核に、古典悲劇にも通じる「愛」と「力」の象徴的なドラマが塗りこめられていて、シンプルでありつつも多層的なそのつくりが観るものにさまざまな読解をうながしてくれた。そこに作・演出キムシンの、オリジナル・ミュージカルへの大いなる野心が込められていた。一方、『シンデレラ』はロジャース=ハマースタインのTVミュージカルを起点にロンドンで舞台化され、日本でもすでに何度も上演実績のある、ストレートなファンタジー&ロマンスだ。すでに完成されたその世界を壊さないよう、宝塚と娘。という異質なものをできるだけ滑らかに融合させるべく、微調整の脚色と職人的な演出に徹すること。それが演出家の酒井澄夫のここでの役目になる。その基本的な違いを押さえないで、『シンデレラ』を『リボンの騎士』と優劣二分法の比較にかけると、不毛なネット内ネガティブ・キャンペーンを生むばかりになってしまう。
  • わたしは突出部も陥没点もある『リボンの騎士』の、ごつごつとして未完のまま完成された“未完の完”の魅力に心を奪われた者だが、ファンタジーを彩るブルーとロマンスを彩るピンク――その童話的なパステル空間に歌とダンスが綾なす『シンデレラ』の、ウェルメイドながら高水準のエンターテインメントもまた、ちゃんと愛でておきたい。宝塚のスタッフ・キャストの実力に対する改めての賛嘆や、そこに挑んだ娘。の果敢さを含めて。酒井澄夫氏が「宝塚の原点ともいえるファミリー・ミュージカルを目指したい」と言ったとき、そのアナウンスが集客に有効とも思えないし、それならキムシンさんみたいにもう少しこちらの心に届く言葉を吐いてほしいな、とわたしは思ってしまった。けれど、2日目を観たRYON・RYON先生が「家族連れのお子様やお年寄りまで幅広く」来ていたとブログに書いているし、同じ2日目を別々に観たらしいエッグの福田花音前田憂佳も『シンデレラ』への感激をさっそくブログにつづっている。多感な女の子やヅカファン、娘。の女性ファンが家族連れや友達同士で観に来てくれて、それで興行が成り立つなら、このミュージカルにとって何より幸福なことなのだが。
  • たしかに初日にしても、客層の幅が『リボンの騎士』の初日よりちょっと広そうという感じは受けた。わたしがいた客席の周囲は、物語の流れを追うのに影響ないからいいや、とでもいうように、ダンスシーンで席を立つバカがいたり、逆にフィナーレの娘。パフォーマンスでの野太い嬌声に失笑が起こったり、決して平和ではなかったが、それでもトータルには2年前に比して客の質のよさを感じた。客層の小さな変化の波及効果か、みんなあのときより学習したからか。驚いたのは、第二幕に入ってから歌のナンバーが終わるたびに客席から拍手が起こったことで、こういうのはブロードウェイでは当たり前だろうが、日本ではミュージカル舞台が根づいたいまでもそう頻繁には起こらない。『リボンの騎士』の舞台でも、わたしが知るかぎり起こらなかった。二幕の幕開けが、田中れいな亀井絵里のイジメ役姉妹がさんざんだった舞踏会を美辞麗句でねつ造してシンデレラに自慢するうち、シンデレラのリアルな“想像力”にやりこめられちゃう楽しい掛け合いのシーンで、ここでの姉妹の歌、シンデレラの歌それぞれに拍手が起こってまずびっくり。ほかでは、麻路さき演じる妖精の女王の素晴らしいジャズ・ナンバーや、高橋愛新垣里沙、シンデレラと王子の求愛のデュエットでの拍手が大きかった気がする。くつろいだり張りつめたりする舞台上の空気の推移をみんなと共有してる感じが、とても心地よかった。
  • 娘。の後を受けた宝塚主導のレビュー風フィナーレには、感嘆のため息を漏らしてしまった。男装の麻路さきの変身ぶりが男惚れするかっこよさ。これと比べられちゃ、「心臓が飛びだす」状態で男役に食らいついて大健闘してる新垣里沙はたまらないだろう。リスペクトの拍手と歓声で盛り上がったが、継母役から一転、温かみのある愛華みれの「シャル・ウィ・ダンス」*1 で、客席の2拍の手拍子は困りもの。やるならShall we dance♪ の後に、パパパンと手を3つ打つんだけどなぁ。高橋愛新垣里沙も加わったオーラスは、新宿コマ独特の3層に回転するせりを使って、ハリウッド・ミュージカル黎明期の大作『巨星ジークフェルド』を思わせる、人間デコレーション・ケーキみたいな空間が現出した。せりのブルーが映え、綺麗で感動的だった。
    • まずは雑感のみ。このミュージカルの構成をめぐる創意について、次に書くことができればと思います。

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*1:日本では役所広司主演の『Shall we ダンス?』のほうが有名になってしまったが、ロジャース=ハマースタインの代表作『王様と私』の名ナンバーです。