身すぎ世すぎ。

映画、演劇、HELLOが3本柱の雑感×考察

シンデレラ 構成→新垣里沙(王子)&高橋愛

五分がまるで百年のような。

  • シンデレラ the ミュージカル』は、オリジナルのTV版放送(1957年)の7年前に初公開された、ミュージカル仕立ても鮮やかなディズニーの名作アニメより、シャルル・ペローの原作に忠実といっていい。だが、原作とは顕著な違いがひとつある。それは第二幕の存在だ。カボチャの馬車を飛ばして宴も半ばの舞踏会に到着し、シンデレラが王子と運命的な出会いを果たす。やがて真夜中の鐘が鳴り、シンデレラは靴を残して立ち去る。ここまでが第一幕。ペローの童話ならもうほとんど終わりに近く、残りは分量にして1割強くらい。ディズニー・アニメなら、継母によって屋根裏に幽閉されたシンデレラを友だちの動物たちが助けだすサスペンスの見せ場があって、それが終わるとひといきに終幕へと加速する。じゃ、第二幕って何やるの? わたしは一幕の余韻を鎮めながら少し心配になった。でも、ここは先入観を捨てて臨もうと思った。
  • 第二幕は、名づければ「再会篇」だった。第一幕の出会いと同じボリュームで、ハマースタインはシンデレラと王子の再会の道程を描こうとした。再会をはばむ試練の物語を新たに設けるのではなく、あれは一瞬の夢に過ぎないのでは? という、ふたりの心の迷いを歌に託すことによって。ペロー版もディズニー版もふたりとも出会った後は迷わない。いや、両版では、そもそもふたりに初めから迷いなんてないのだ。シンデレラは一貫して素直で一途だし、王子は「白馬の騎士」の類型みたいな、のっぺらな存在だし。
  • 新垣里沙演じる『シンデレラ』の王子は、キャラクターは類型のままなのだが、一幕から「迷える王子」として登場する。それを受けて、ペローの原作やディズニー版には出てこない女王(ここでは王妃の意)が加わり、王家の家族関係に膨らみが与えられている。王様と女王様の仲は歳を重ねて倦怠ぎみ。その反動か、女王様は王子の嫁選びにやっきだ。王様はいまが幸せそうだからまだいいじゃないか、と太りぎみのお腹をさすりながらのんびり構えている。異邦で見聞を広めて帰郷したての王子は、その間にはさまれ、あいまいな立場に居る。世継ぎの使命は心得ている、でも、ちょっと待ってほしいと。そういう待機の時間のなか、このミュージカルでは王子もまたシンデレラと同様に、新たな出会いを期して、漠とした願いと憂いを抱いているのだ。こうして、王子とシンデレラによって(あるいは、新垣里沙高橋愛という同期コンビによって)ひそかに共有されたふたりの感情のありかが、「ひとめぼれ」というかたちでスパークする! ここまでくると、もうミュージカル表現の独壇場となる。
  • 第一幕のクライマックス。舞踏会たけなわ。招かれた淑女たちに王子は引っ張りだこだ。ガヴォットの群舞のなかで、シンデレラの義姉、亀井絵里のポーシャと田中れいなのジョイがモーションをかけ、色目を使う。そのコミカルな面白さ。音楽も金管がコミカルに騒々しく速度を速め、すっとかき消えるかと思えば、ハープのような音色が胸騒ぎを告げてかき鳴らされる。瞬間、王子のうつろな目線が遅れてきて階段の上にたたずむ薄桃色のドレスの娘に釘づけになる。ふたりの眼が合う。いつしか、音楽がワルツに変わっている。「テン・ミニッツ・アゴー」。リチャード・ロジャースが得意とする甘美でロマンティックな旋律。それがふたりだけの空間のソング&ダンス・デュエットとして引き継がれる。日本題は歌詞のゴロを考えてか、「五分前」*1 という。出会って以来、五分がまるで百年のような♪ ふたりの恋の昂ぶりを乗せて、ワルツはそのまま舞踏会の合唱へと受け継がれてゆく……。
  • 舞踏会の喧噪から、ふたりだけの静けさへ。そして、静けさのなかの高揚が、舞踏会全体の空気を変える。その音楽的な波及、空間的な収縮と膨張。ひとめぼれのドラマを、ガヴォットからワルツへの移行のなかに溶けこませるデリケートで流麗なスコア。リチャード・ロジャースはミュージカルがロックを取りこんで時代のきしみとコミットする以前の、「旧き良き香り」をたたえた旧世代の作曲家で、その王道ぶりにあまのじゃくなわたしなど、いまこうして語るには正直、羞恥も感じる。が、ときにガーシュインと並び称されたりもする劇場音楽一筋のこの大物*2 の果実を「古くさい」などとペッとせず、一度玩味してほしい。シンデレラと王子、高橋愛新垣里沙の睦み合いを含め、本篇中、最大の見せ場のひとつであるこのミュージカル的感興を、観るのを迷っている方もぜひ味わい尽くしてほしい。
    • なんだかお願いめいた言い方になってしまったので、ついでに書いちゃう。これは高橋愛の夢舞台なのだから、愛ちゃんファンの方は放っておいても観にかけつけるはず。それについては安心できるのですが、ガキさんファンの方へ。男役に目の肥えた観客の厳しいまなざしに日々さらされながら、ひとつひとつの所作を夢に見てまで修正するほど、王子役に打ちこんでる新垣里沙をぜひ劇場で見届けてあげて! さて、第二幕のクライマックス、再会のシーン。そこにたどり着くためには、継母とふたりの姉たちとのシンデレラの暮らし、そして妖精たちとの交流について、少し触れなければなりません。次の機会のテーマにします。なお、ディテールについては記憶違いもあるかも。大目にみてください。

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*1:そういえば、開演「5分前」に鐘が鳴って、娘。の場内アナウンスがあるというちょっとした演出もあったな。

*2:彼のスタンダード・ナンバーに多くのジャズマンが名演を残している。マイルスの「マイ・ファニー・バレンタイン」やコルトレーンの「マイ・フェイバリット・シングス」は何度聴いたことか。