身すぎ世すぎ。

映画、演劇、HELLOが3本柱の雑感×考察

シンデレラ 逆境→森の妖精たち&高橋愛

「灰かぶり」って名前のとおり。

  • シンデレラ the ミュージカル』に登場する愛華みれの継母、その連れ子である上の姉・ジョイ17歳=田中れいな、下の姉・ポーシャ16歳=亀井絵里は、3人そろって小言好きで見栄っ張り、という有閑夫人と令嬢を喜々として演じていて精彩がある。のろくてずる賢いとか陰口たたきとか中身空っぽとかサボリ屋とか、彼女たちがシンデレラに向けて言う罵りが、ぜんぶ互いのことを言いあってるように聞こえるのが可笑しい。勝ち気でいじわるなジョイ、間抜けでわがままなポーシャが、演じるふたりの特徴をガキっぽくデフォルメした、クスッと笑えちゃうキャラクターになっている。おそらく、田中れいな亀井絵里にアテ書きした新たな脚色の成果でもあるだろう。2匹のケンカを「わたしの可愛い子猫ちゃーん!」ってあやす愛華みれのお洒落なドラ猫ぶりも見もの。2幕冒頭、当ての外れた舞踏会に悪態をつく「姉たちの嘆き」や、ほら話風味の「素敵な夜」など、3人が歌い踊るナンバーもコミカルな味がある。
  • ひとつ困ったのは、この戯画化された憎まれ役たちに口々に命令されるばかりで、日々の暮らしの雑役にカツカツのなか、働くことや夢見ることにシンデレラが小さな希望を感じてる、その逆境のなかのけなげさを、現代に生きるわたしたちが身に迫るかたちでは捉えにくいことだ。生活感というか、彼女の働きっぷりが見えてこない。愛華みれの継母はシンデレラを、「灰かぶり」って名前のとおり、暖炉のそばにでも坐ってるのがお似合いね、って感じにやりこめる。ペローの原作を参照すれば、継母らに命じられた仕事が済むと、かまどの「消炭(けしずみ)や灰の中にうずくまって」いたから、「灰かぶり」(サンドリヨン→シンデレラ)のあだ名がついた。言いつけ仕事でかじかんだ体に、ひとときの暖を取るためだろうか。
  • このミュージカルでシンデレラが王子に「つまらない名ですから」と名を名乗らないのは、王子の土壇場での気づきにつながる伏線だが、一方でそれがからかい気味のあだ名であるという背景がある。彼女の寝床である屋根裏には蜘蛛の巣が張っていて、その隅にわらを敷いて「犬のようにまるくなって」シンデレラは眠るという。「自立するより玉の輿」願望(ここで玉の輿にあからさまに乗ろうとしてるのはむしろシンデレラのお姉さんたちだが)といった、たかだか現代人に有効な程度の心理解釈はひとまず捨てよう。そして、それでも両親の想い出が宿る屋敷を守ろうとした昔々の彼女の「逆境」について、ここはシンデレラにならって少しばかり「想像力」で補ってあげよう。物語の雛形としての「シンデレラストーリー」とは本来、逆境を跳ねかえして脚光を浴びる物語のことだ。その脚光の場が必ずしも結婚である必要はない。社交界へのデビュー(『マイ・フェア・レディ』)とか、ボクシングのタイトル・マッチ(『シンデレラマン』)とか、そこはいくらでも取り替え可能。
  • シンデレラといえば誰もが真っ先にイメージするディズニーの名作アニメは、ディズニーお得意の動物キャラが彼女と仲良しで、困ったときにはいつも彼女を助けてあげる。だから、シンデレラは陽気ですらある。だが、とくに継母の描き方が、アニメにありがちなカリカチュアの誇張芝居を廃し、写実に徹していてかなり怖い。眉根ひとつ動かすだけで怖い。で、姉たちはシンデレラの大切なドレスをびりびりに破るわ、ガラスの靴を携えた大公がくる前に継母はシンデレラを屋根裏に閉じこめちゃうわ。陽気なシンデレラを単純明快に絶望の淵に追いつめるから、魔法も劇的な効果をもたらす。仕事づけを前向きに乗り切る様子を含め、逆境の設定の仕方が上手いと思う。『シンデレラ the ミュージカル』はたしかにそこが弱い。けれど……。シンデレラがひとりになってホッと息をつける「秘密の場所」で、可愛い妖精たちや、妖精の女王のオーラを消した謎のおばさんと彼女は語らう。そのひそかやな交流がダンスとなり、歌となる。善玉対悪玉の劇的起伏にミュージカル形式を寄り添わせる巧みさより、さざ波のような安らぎや歓びこそが物語を彼方へ運ぶ、このミュージカルのとことん反時代的な奥ゆかしさを、わたしはあえて推してみたい。
  • 第一幕二場。誰もいなくなった屋敷の部屋で、シンデレラ役の高橋愛は、ドリーミィでちょっとメランコリックな本編屈指の名ナンバー「秘密の場所」(英語題は「イン・マイ・オウン・リトル・コーナー」)を、優しく温かく語りかけるようにソロで歌う。場面がさっと転換してそこは森の中の秘密の園。シンデレラは物言わぬ語らいのように、そこで出会った妖精たちと舞う。ミュージカルの振付に、愛や恐れの幻想表現としてバレエの要素を持ちこんだ先駆者は、ロジャース=ハマースタインのコンビが初めて成功した記念碑的作品、『オクラホマ!』でのアグネス・デミルだ。リチャード・ロジャース作曲「秘密の場所」の典雅な弦楽の音に乗って、宝塚で鍛えぬかれた妖精のバレエ的群舞に、高橋愛のシンデレラが軽やかにシンクロしてゆくファンタジー・シーンの清涼感は、デミル女史の流れを汲んで鳥肌ものだった。道重さゆみ光井愛佳扮する緑の妖精のお茶目なダンスも、アンサンブルにちゃっかり加わって。

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