身すぎ世すぎ。

映画、演劇、HELLOが3本柱の雑感×考察

シンデレラ 魔法→麻路さき&高橋愛

天使や妖精を信じすぎては危険よ。

  • シンデレラ the ミュージカル』に登場する役のなかで、もっとも謎めいているのは麻路さき演じる妖精の女王だろう。脇役のなかでは、今回いちばん映えてるキャラクター。彼女はまず森の「秘密の場所」で、シンデレラの前に謎のおばさんとして登場する。なぜかシンデレラの亡き父のことをよく知っている。妖精の女王なのだから当然なのかなと思う。けれど、「心の目で見て、すべてのものを慈しみ、愛することよ」という諭し方が、父親より前に逝ってしまった「お母さんにそっくり」とシンデレラがびっくりするとき、ハッとした。妖精の女王とシンデレラはもともと特別な関係なんじゃないか。もしかしたら、継母が屋敷に来る前の、シンデレラの記憶に宿る母の化身では? 「淋しくなったり悲しくなったりしたら、私のことをお母さんの代わりと思ってくれていいのよ」とおばさんは言い残し、名前も告げずに去ってゆく。
  • 「おばさん」が再びシンデレラの前に現れるのは、継母と姉たちが大騒ぎして舞踏会行きの馬車で立ち去った後の部屋だ。ひとりになるとシンデレラは普段ならつかの間の自由を感じるのだが、いまは淋しく、悲しい。私も舞踏会に行きたい! そこにおばさんはひょっこり現れ、シンデレラに悟られないように小さな魔法を使う。シンデレラが紅茶を入れようとすると、かまどにいつの間にか火がついている。お湯がいつの間にか沸いている。花瓶の花がいつの間にか咲いている。暖色の赤をアクセントに使った演出。不思議そうなシンデレラも、おばさんと時を過ごして心に火がともったはず。日常のなかの情味。いいシーンだ。ディズニー・アニメの妖精のおばあさんは、ドレスを裂かれて森で泣き伏すシンデレラの前に劇的に現れるや、誰もが知ってる「ビビディバビディブー」の歌とともに魔法の杖をひと振り。キラキラした光の粒が体をめぐり、気づくとシンデレラは目が覚めるような純白のドレスをまとっている。アニメ表現ならではの「変身」の名演出。一方、われらのおばさんは大きな魔法を出し惜しむ。なぜ? ここがポイントだと思う。
  • ビビディバビディブー♪ に対するおばさんの呪文はフォルディロル and フィドゥルディディ♪ だが、何度も繰り返さなくてもわかってるわよぉ、とすねるシンデレラ自身の意訳によれば、これは「ありえない、できっこない」の意味らしい。カボチャが馬車になりハツカネズミが御者になれば、と自分から願うシンデレラの浮き足だった感じを、むしろ冷まそうとする呪文。「あなたが信じなければ私は現れない」とディズニーの妖精のおばあさんが言うのに対し、こちらのおばさんの言いぐさは「天使や妖精を信じすぎては危険よ」。なぜなら、楽をしてそれに頼ろうとしちゃうから。そうやって、おばさんはシンデレラとおしゃべりを重ね、ロマンティストな彼女の少し「厚かましい」部分を包みこむようにリードしてあげる。夢は滅多にかなわない。でも、どんなに厚い雲に覆われていても望みを捨てちゃいけないと。なんて母親っぽい接し方だろうか。謎のおばさんのいくらか突き放しぎみの包容力を、男役出身の麻路さきが上手く演じている。内からにじむ母性的なユーモアがお芝居にこもっている。
  • おばさんがついに妖精の女王を名乗って大きな魔法を使うのは、シンデレラの一途さに押し切られたからか。それだけではないだろう。会話や歌を通して彼女が得心したからじゃないだろうか。舞踏会に行きたい、夢でいいから、というシンデレラの願いの強さが、本質的にささやかで殊勝なものであることを。「夢でいいから」というかぎりにおいて、シンデレラは夢の後先に心がけのある賢いリアリストだということを。夢の魔法が覚めれば、またここに着地しなければならないのよ。約束よ、心優しいシンデレラ。「約束」の分岐点は、真夜中12時の鐘である。魔法は万能じゃない。でも、不幸にも道を断たれたものに道筋をつけてあげることはできる。このミュージカルは、そんなふうに「夢」をめぐって緩やかに考察しながら、うっとりとした夢見の酔い心地に観るものを巻きこんでゆくのだ。第一幕四場の「大変身」シーン。いまや妖精の女王として、ワイヤーワークで宙に舞いつつ歌う麻路さきの決めポーズの鮮やかさ! カボチャの馬車も宙を駆ける。これは妖精役・道重さゆみ光井愛佳のプロローグの宙づりシーンでも感じたことだが、舞台上でのこのシンプルな光景には、「飛翔」や「浮遊」に対して人が抱く原初の恍惚感とでもいいたいものが宿っている。約百年前のサイレントSF映画『月世界旅行』で、手作りの特撮によって月の精たちがスクリーンにぽっかり浮かんだときのように。
  • 舞踏会の出来事をひとときの「夢」と心得て現実に帰還したシンデレラ。あれは「奇跡」という現実なんだと、名も知らぬ娘を国中探して行き詰まった王子。いまこそ私の出番と歓び浮かれるように、妖精の女王はひそかに「再会」の場を用意する。なぜって、ふたりは運命的な恋をしたんだから。第二幕四場から五場へ。王子役・新垣里沙とシンデレラ・高橋愛のバラード・ナンバーの間に挟まれ、ごきげんなビッグバンド・ジャズ・ナンバーを麻路さきが妖精の女王の貫禄で歌い踊る。オールド・スタイルの軽快なスイング感が最高にハッピーな劇中ショウの一景だ。曲は、リチャード・ロジャースがハマースタインとコンビを組む以前の名コンビ、ロジャース=ハートの「楽しいのはこの人生」。英語題は「マウンテン・グリーナリー」で、「山青葉」とでも訳せばいいだろうか。麻路さきは『リボンの騎士』の神さま・箙かおるみたいに歌唱力で圧倒するタイプじゃなく、歌は決して上手くないが、中心で歌い踊ると舞台の色合いや空気が変わる。ミュージカル・スターは歌・ダンス・演技の三位一体の総合力で、その得手不得手の凸凹感にエンターティナーとしての唯一無二の持ち味が生まれるのだ、と改めて思い知らされた。
    • 本篇中のわたしのロジャース・ナンバーBEST3「五分前」「秘密の場所」「楽しいのはこの人生」が出揃いました。これでやっと、シンデレラ=愛ちゃんと王子=ガキさんの再会シーンにたどりつけるかな。

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