身すぎ世すぎ。

映画、演劇、HELLOが3本柱の雑感×考察

シンデレラ 虹の彼方に 番外篇その二

二度と大地に戻らない。

  • 娘。も宝塚OGや専科の皆さんも満員の観客も、ともに高揚し、別れがたく、「心はずみ 足は大地 踏み外しそう」な夢心地で千穐楽を終えられた模様。ほんとによかったですね。TVが発信源の『シンデレラ』1957年オリジナル版とそれに続く1965年版を観ると、今回の舞台『シンデレラ the ミュージカル』がその成果のいいとこ取りをしつつ、舞台ならではの新たな芝居場をミュージカル表現に溶かしこんで役に息吹きを与えていったことをひしひし感じます。ミュージカル・プレイを充実させるための、積み上げや練り込みの力を。おそらく、ロンドン発の舞台公演ごとに新たな創意工夫が成されてきたのでしょう。この宝塚コラボ版が映像として次代に残るのは、いつかどこかで幕が開く次の公演へと繋げてゆく意味でも、ささやかではあるにしろ国境をまたいだ快挙かも知れませんよ。まぁ、DVDによる再現ではなかなか舞台の本領は伝わらないけれど。
  • 本編終了後のフィナーレとして、宝塚名物のレビューの精華を、小ぶりながら堪能できたのも幸せでした。フェアリー・ゴッドマザーから男装の麗人に変身した麻路さきの「Blue Moon」は、有名なプレスリー盤より、親のレコードを借りてメル・トーメ盤を学生の頃よく聴いていました。王室お抱えの女教師風味でしょうか、愛華みれの「Shall We Dance?」は、周防正行監督の同名映画やミュージカル『王様と私』でもちろんお馴染み。ラスト、途中から高橋愛新垣里沙も加わっての人恋しさつのるスウィンギー・ナンバーは、てっきり宝塚ゆかりのオリジナル曲だと思っていました。

 ☆「Blue Moon」          アメリカン・ミュージカル第一期黄金期を支えた
              名コンビ ロジャース=ハートの1934年の作 
 ☆「Shall We Dance?」    作詞家ロレンツ・ハート亡き後、第二期黄金期を支えた
                        名コンビ ロジャース=ハマースタインの1951年の作
 ☆「The Sweetest Sounds」オスカー・ハマースタインII世亡き後
                         ロジャース自ら作詞も手がけた1962年の作
  • というふうに、1920年代から半世紀を超えてミュージカルのメインストリームを歩んだリチャード・ロジャース、第1期、第2期、第3期の代表曲を揃えているんですね。なお、「The Sweetest Sounds」は、1997年のディズニープロ版『シンデレラ』ではシンデレラとお忍びの王子が街で偶然出くわす、出会いのナンバーとして劇中に使用されています。シンデレラにアフリカ系アメリカンのブランディ、王子もアジア系という思い切ったキャスティングによるTVムービー。女王にウーピー・ゴールドバーグ、妖精の女王にホイットニー・ヒューストンと、こちらも脇役陣は大物揃いで、セットもなにげにゴージャスです。
  • オーラスとして「The Sweetest Sounds」のジュディ・ガーランドカウント・ベイシー楽団バージョンを貼っておきます。『オズの魔法使』で黄色い煉瓦道をスキップしながら歌う女の子、ドロシー役で一躍人気者となった幸運な少女スターのジュディ・ガーランドは、ハリウッドという「夢の工場」に身を捧げ、20歳前からのダイエット薬や睡眠薬の常用を手始めとした薬物中毒と情緒不安定で身も心もボロボロになってゆきます。ボロボロになりながら何度もカムバックを果たし、その度に新たな芸域を磨いてみせるのが、このシンギング・アクトレスのすごいところ。絶頂期を過ぎたジュディの芸は必ずしも華美ではありません。ただ、わが身を削りさいなむことでつかみとった「荒(すさ)び」の味が、甘美や楽観を歌うパフォーマンスにまで滲み出るのです。ヒリヒリとした生傷をほろ苦い甘皮にくるんだこの空気感は誰も真似ができません。47歳で亡くなっているのですが、ここで観られるのはもう晩年に近い頃のステージですね。カウント・ベイシーの弾くピアノが彼女の胸元に寄り添って寡黙に応答し合っているふうなのもいい。*1



http://jp.youtube.com/watch?v=1F12PJx8520

  • ジュディ32歳、私生活の破綻・MGM解雇・アル中・ヤク中の四重苦のなかでの再起の作『スタア誕生』は、高橋愛新垣里沙ピンク・レディーに扮して歌い踊った金子修介監督のTVドラマ『ヒットメーカー阿久悠物語』でも、新たに立ち上げるオーディション番組のネーミングに阿久悠が霊感を受けた映画として登場しました。この映画の劇中ミュージカルの「フィナーレ」が圧巻です。幕前に座りこんだジュディ演じるヴィッキーがショーガールとしての自分史を、観客ひとりひとりに語りかけるように歌いはじめる。その回想がソング&ダンスとともに多彩でユーモラスな生の意匠となってめくるめく立ち現れ、再び幕前の姿に戻ってゆきます。こんな遙かな迂回の果てにいま喝采を浴びてる私があるのよ、とでも言いたげに。虹の彼方へ「夢」を馳せる少女、ドロシーのイメージを強いる映画会社の思惑と、芸の幅を広げることへのあくなき「夢」との間で引き裂かれ、二度と大地に戻らなかった。そんな翳りの女優ジュディ・ガーランドの、最後で最高のミュージカル・シークェンス。歌と舞と色と光がきらめくような陽気な絵巻! 山口百恵中森明菜小泉今日子*2 を生んだ「スター誕生」の原点的映画、ジョージ・キューカー監督の『スタア誕生』(54年)という「シンデレラ・ストーリー」は、生きることの光も影も呑みこんだ大傑作です。

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*1:権利的な制限がかかっているのでしょうか。貼った動画は観ることができないようですね。興味がおありの方は、動画窓の下のURLをクリックするか、YouTubeにて「sweetest sounds judy garland」で検索してください。

*2:ここで小泉今日子の名を持ちだしたのは理由があって……。彼女は秋に2本の映画の公開が控えていますが、その1本、『トウキョウソナタ』は迷走「家族」を見据えた傑作です。旦那とふたりの息子、各人各様の隠し事を受けとめ、ひそかに赦し、カゲで支え、でも誰からも応答なく、微笑みながら人知れず道なき道へ、月光の海へと向かう母親を小泉今日子が演じていて、圧倒的に素晴らしい。包みこむような温かさの芯に、物狂いを秘めた凄みがあって。ほんとに素敵な女優になったなぁ。ドビュッシーの「月の光」が沁みました。監督は黒沢清。今年のカンヌ「ある視点」部門の審査員賞を受賞しています。