身すぎ世すぎ。

映画、演劇、HELLOが3本柱の雑感×考察

『フィッシュストーリー』 寄り道的感想

監督・脚本:中村義洋 原作:伊坂幸太郎 出演:多部未華子

  • 世界を救うヒーローはたいてい5人。成功するグループも5人。ジャクソン・ファイブフィンガー5も5人だった。モーニング娘。のオリジナル・メンバーだって5人だよ。――そんな会話が交わされるのがどのくだりだったか、映画を観てもうずいぶん経つので忘れてしまった。『アヒルと鴨のコインロッカー』と同じ監督が映画化してくれるならこの新しい短篇はどう? って原作者の伊坂幸太郎がじきじきに提案したという、その原作にはない会話だ。どんなふうに料理してもいいという信頼関係のなかで、中村監督がシナリオ化するときに書き足したものだろう。シナリオには原作短篇の設定や着想に、さらに大小のひねりが加えられていて上手いと思う。小説界のストーリーテラーと映画界のストーリーテラーががっぷりと組みあっている感じ。
  • 『フィッシュストーリー』のなかで5人といえば、「逆鱗」のメンバーにリーダーの彼女を加えた5人組だ。「セックス・ピストルズ」より1年時代をさきがけたために誰にも理解されず、こころざし半ばで売れないまま解散してしまったバンド。接待用クラブで営業中につまらん音楽やるくらいなら演歌をやれ、とか客に言われ、それに応えた「長崎は今日も雨だった」がパンクと化する演奏なんて、ピストルズのパンク「マイ・ウェイ」みたいですこぶる面白かった。運転中に「事件」に出会う独身男の友だちの言葉として原作ではこんなふうに書かれている。
   初期のヴェルベット・アンダーグラウンドみたいな感じでさ。荒っぽ
      くて、素気ないロックだよ。日本語をロックに乗せるっていうのを、
   いろいろなバンドが試していた頃だな。今から思えばパンクなんだが、
   ありゃまだ、パンクの出てくる前だった。早かったんだよ。
  • 「この曲は、誰かに届くのかなあ」ってボーカルがスタジオの虚空に叫びながら、無名のパンク・バンドが最後のレコーディングをする。物語の核心をなす圧巻のシークェンスだ。その幻の曲「FISH STORY」が時を超え、巨大隕石衝突間近、終末観におおわれた地球を救う? いったい、どんなめぐりあわせで? 映画は各エピソードごとに手品のように演出スタイルを変える。ディザスターSF、オカルト、ヒーローもの、音楽ドラマ、サイレント調ホームコメディ。時代をジャンプするたびに、映画はジャンルをまたぐのだ。一見バラバラなこのエピソード群がボディブローがのように効いてくる。これは壮大なほら話(フィッシュストーリーの元の意味)だが、その芯にあるのは、誰にも売れない・理解されない・届かない入魂の音楽が悔しさ=淋しさ=「無音」を通して世界に波及する、という秘めやかで、痛切な、叶わぬ想いの具現でもある。天を突く快感のエピローグには、ここでは触れない。
  • 物語のひとつのカギを握る女子高生・麻美を、多部未華子が演じている。修学旅行中にフェリーのなかでひとり眠りこけ、置いてきぼりを食らったあげく、シージャックに遭っちゃう女の子。その「眠れる美女」が絶体絶命のなか「正義の味方」森山未來がはまり役)に助けられる。ドジな女子高生がヒーローものアクションの姫の役を担う、というべきか。このエピソードはコミカルな味つけがされていて、窮地における多部未華子のリアクションのひとつひとつがチャーミングで楽しい。しかも、正義が叶わない歴史の苦い繰り返しを認識する「正義の味方」という原作由来のひねりの効かせ方が、これをただの絵空事にとどめていない。森山未來の舞うようなカンフー技も痛快。原作者の伊坂さんが『ルート225』の多部未華子のファンだと知って、中村監督がこの役に選んだのだという。原作では、なんと男性エンジニアという設定の役だ。
  • この映画と同じ中村監督(兼脚本)による、『ルート225』の多部未華子は、わたしも大好きだ。映画なら『青空のゆくえ』や『夜のピクニック』より断然『ルート225』です。いじめられてることを隠す弟の弱虫ぶりをさんざんからないながら、それは弟想いの裏返しの表現で、中学の友だちや家族に対しても世の中に対してもちょっとつまんなそうな、醒めたところのある勝ち気なお姉ちゃん、という役どころだった。藤野千夜の原作小説では、死んだはずの、しかも個人的にいわくつきのクラスメートの出現に怯える弟に、「お前だって○○さんがフカキョンゴマキみたいだったりしたら、態度は絶対に違うくせに」と毒づいたりもする。ゴマキ言うな。もう隔世の感ですね。その姉弟が下校途中の気分の噛み合わせのちょっとした悪さから、いつもの家なのに両親がいない異空間にまぎれこむ。一種のパラレル・ワールドものだが、日常世界がしっくりこない思春期の違和感を違和感のまま受け入れようとする、多部未華子のエピローグの笑みが素晴らしくキューンときた。小樽の坂道と自転車がよく似合っていた。
  • 中村監督自身、監督として長い間干されていたところを、『ルート225』で再スタートを切った。監督として認められる前に、すでにプロフェッショナルな脚本家としての実績は充分だったのだが。客のもてなし方を知ってる職人として、いまや引っ張りだこの感。でも、それだけじゃない。ゆるゆるとした変てこな可笑しみがあって、日常から半歩はぐれたコメディに本領がある監督だとわたしは思う。『フィッシュストーリー』は各エピソードの出来にムラもあるが、その振り幅の現時点での集大成といっていいだろう。なお、劇中の主題曲「FISH STORY」は原作者の詞を得て、斉藤和義が書き下ろしている。斉藤和義といえば「わおーん!」での共演以来、吉澤ひとみがリスペクトするミュージシャンだが、彼の取り組みはよくあるJポップ・タイアップとは次元が違い、映画と音楽がちゃんと切り結んだりっぱな出来ばえだと思う。3月20日、渋谷シネクイントとシネ・リーブル池袋での公開。横浜や川崎でも、すでに公開が決まっているみたいです。

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