身すぎ世すぎ。

映画、演劇、HELLOが3本柱の雑感×考察

オペラ・ド・マランドロ 8/1昼(池袋)雑感

あるいは、ルーをとっかかりにした一考察〈序〉

  • 純情可憐な令嬢が銃をかまえるとき、それは命に賭けてあんたのいいなりにはならないわ、という発火点だ。相手がちんけな悪党なら、力関係が一瞬で逆転するだろう。相手が愛する男なら、やがて男にとって危険なファム・ファタール(宿命の女)となるかもしれない。石川梨華演じる花嫁ルーは、にわか仕立ての結婚式のあと、ワインレッドのミニドレス(当時珍しかった舶来のナイロン製)に身を包み、あなた好みの女になってダンディな密輸業者マックスに後ろから抱きすくめられていた。ところが、首領の(ルーにとっては新郎の)マックスが逃亡したのをいいことに配下が卑しい笑みを浮かべてベッドの体位などをきいてくると、ルーは配下の悪党どもを銃で一喝するのだ。マックスがいない間は私が仕切る、非合法の密輸業を法人化して堂々と商社をつくる、商品のウィスキーをラッパ飲みするのもこれからは横領よ! って。肝の据わった女は怖い。かつ、りりしい。犯罪稼業で鳴らした配下がみくびるのもうなずけるほどミニのワンピ姿は恋に恋するお嬢様っぽいのに、相手を見据えた瞳の輝きとワンピのレモンイエローの輝きが舞台を一瞬にして張りつめさせる。逆転を勝ち取ったルーが立ち去ると、冗談じゃないぜ、といった悪党たちによるくつろいだソング&ダンス。舞台ソデでは、ルーが緊張を解いてホッと息をついている。この二幕のワンシーン、思わずニヤリとしてしまう。ルーの決意とともに物語が新たな局面へと動きだす。
  • 舞台はちょっとした装置の移動で港湾都市リオの埠頭近辺の倉庫や事務所になったり、ボロ雑巾みたいな洗濯物がはためく裏路地の娼窟になったりする。ブラジルの乾いた大地を思わせる積荷や建物の赤茶色を基調に、陽光が照りつけ、星がまたたき、空は赤・紫・青と変化する。悪党たちも娼婦たちも、ぎらついたり闇に沈んだりするその空間に同化している。そんななか、混じり気なしのレモンイエローを身にまとうルーは際だって異質だ。一見、世間のことも男女のこともなんにも知らない、という風情の令嬢。それでいて、一瞬先もわからぬ混沌の世相の先をひとり予見しているふうでもある。劇場パンフの座談会で宝塚出身の演出家・萩田浩一氏は、ルー=石川梨華についてこんなふうに語っている。ミュージカル慣れしたキャスト陣のなかで石川さんは稽古場でもひとり異世界からやって来たみたい、ルーという女の子も新世代の感覚をもってほかの登場人物と一線を画してる、石川さんの空気感がルーにはぴったりだと。
  • 石川梨華の劇中の歌はハズれるか持ちこたえるか常に危なっかしく、とくに一幕では安手のサスペンス物でも観てるみたいにアブラ汗がでたが、ルーの肝が据わり、「異物」としての存在を際だたせてから、歌もぐっと説得力を増す。危険をかえりみぬしたたかなルーと、刃の上を歩くような歌いっぷりが相乗効果を生むのかも。その精華ともいえるのが、マルシア演じるマルゴとルーの対立を掛け合いで表現した、きわめてミュージカル的な好ナンバー「お嬢様、お姉様」。そして、フィナーレ前、時代の変化をめぐって別所哲也演じるマックスとルーが好一対の対照をなすデュエット・ナンバー「愛のかけら」だ。それを語る前提として、まず『オペラ・ド・マランドロ』とその下敷きとなった『三文オペラ』の関係に触れておきたい。
  • ちなみに、やや脱線するが、表現としての歌が劇という構築物にいかに機能するか、ということを取っぱらい、まるでグルメ・レポートでもするようにただ歌唱の優劣を測定して得々とするようなレビューを、『三文オペラ』の作者であるブレヒトは「美食的批評」と称してしりぞけた。もちろん、芝居の巧さの優劣判定なんてのも同様。そういうのは趣味的なおしゃべりとしては楽しいのだが、それにしても、演劇マニアの「美食的批評」はどうしてこうも高飛車でイヤミなものが多いのだろう。演劇素人のわたしも、ついこの「美食的批評」の真似事をやりたくなっちゃうから、いちばん楽ちんなやり方なんだろな。ついでにつけ加えると、ブレヒトは役者が歌うことに関して、俳優はただ歌うだけではなく、歌っている人物を舞台に差しだすことが大事で、それには朗々と情感を込めて歌うより、「盲目的にスコアに従わ」ず、「音楽に逆らってしゃべるというやり方」のほうが効果が大きいこともある、というふうに記している。自身が提唱した「音楽劇」についてそう言っているのだが、思えばフレッド・アステアにしろモーリス・シュバリエにしろ、味のある往年のミュージカル・スターは、「音楽に逆らってしゃべる」ような歌い方をするひとが多かった。シンギング・アクトレスとして石川梨華がそういう歌い方に活路を見出せるよう、歌唱指導してくれるひとがいればいいのに、と一幕では思ったこともホント。

_____