身すぎ世すぎ。

映画、演劇、HELLOが3本柱の雑感×考察

晩秋は『スペル』の呪縛にかかりたい。

  • スパイダーマン』シリーズですっかりハリウッドのメジャー監督になったサム・ライミ。それはそれでめでたいことだけど、新作『スペル』(11/6公開)は彼の原点である『死霊のはらわた』に本卦還りした、どこかインディーズの匂いが残る痛快作です。音や風や影の効果、蝿や猫や山羊の使い方がいい。震え上がりながら朗らかに笑えるのがいい。ホラー嫌いのひとにも勧めたくなります。わたしはホラー・マニアではありませんが、ホラーというジャンルが映画史の異端的な支流のみならず、ドライヤーやムルナウといった天才によって正統的な本流をも担ってきたことに対するリスペクトはもっています。『スペル』を観ていると、ユニヴァーサルなどの古典ホラーへの敬意はもとより、『エクソシスト』『ヘルハウス』『ポルターガイスト』『キャリー』といったライミ監督が子供時代に影響を受けただろう70年代ホラーへの目配せが効いていて嬉しくなります。そういう趣向を取っぱらっても、ライミの言を借りれば「シンプルな道徳的寓話」として『スペル』は名人芸といえる出来。銀行の貸し付け業務をつとめる美人OLが不動産ローンの支払い延長を乞う貧しい老婆に同情しつつも、出世競争の実績作りからそれをむげにはねつけた「小さな罪」がことの発端なんです。
  • 勘どころの設定やオチをネタバレしないようもう少し続けると、この魔女のような老婆の急襲に遭い(カッティングの妙をふくめ、この駐車場シーンも凄い! 怖すぎて笑える)、ヒロインは危機を乗り切るために「小さな罪」をひとつ、またひとつ重ねてしまいます。美人OLといっても颯爽としたキャリアウーマンじゃなく、田舎町にいそうなごく普通の善きベジタリアンで、そんな動物好きの女の子が追いつめられて道徳的な弱さをさらけだしちゃう様子が、あまりに古典的な設定とあいまって哄笑を呼び起こすんです。しかも、なんの変哲もない無名のチンピラ女優に思えた冴えないヒロイン役アリソン・ローマンが、肉体的・精神的な試練をくぐり抜け、これまた超古典的な舞台設定のなか最強の女ファイターみたいに変貌をとげます。雨にさらされ、黒のTシャツに乳房を浮き立たせて泥のなかから屹立するヒロインの圧倒的なりりしさを、ぜひ目撃してください。なんでもレオナルド・ディカブリオ主演、マーティン・スコセッシ監督の新作『シャッターアイランド』が来年2月に公開が延びたので、急遽『スペル』の公開が繰り上がったらしい。もっとじっくり宣伝すればいいのに、もったいないねぇ。東京国際映画祭では、本日(10/21)20:45から六本木ヒルズで1回だけ先行上映されるようです。

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