身すぎ世すぎ。

映画、演劇、HELLOが3本柱の雑感×考察

乱暴と待機  小池栄子、美波 感想

  • 原作は演劇と文学を往還する本谷有希子で、みずから舞台にも小説にもした。わたしは2ヵ月ほど前に映画を観たのみ。それがまだ尾を引いている。日本映画は秋からお正月にかけて、なんの因果かにわか時代劇ブームで、力作と凡作の幅はあれど、総じて悲愴美に走ったり情緒に婬したり無駄に「大作」しちゃってる。CSの時代劇チャンネルで全作放送中の『座頭市』シリーズをたまに観ると、当時「カツライス定食」なんていわれた勝新雷蔵主演の量産映画の1本にすぎないのに、なに、この傑作!(「血笑旅」とか「地獄旅」とか)というのにぶちあたったりするが、そういう小ぶりな「定食」のダシの効き方に、画面が連鎖してゆく緊迫度、充実度、贅肉のなさにまるで及んでいない。どれも大味なのだ。出来がいい部類の『十三人の刺客*1 からしてそう。『乱暴と待機』は「定食」みたいに安んじて皆さんにお勧めしますとはいかないけど、クセの強い舌触りが後々まで尾を引く。おそらく原作のクセの強さに、さらに思い切ったアレンジが施されているのだろう。愛と憎しみがセクシャルに絡みあいながら、映画ならではのスラップスティックな笑いの突風が時折スクリーンを吹きぬける。監督・脚本は富永昌敬。一昨日、初日を迎えたので小文を残しておきたい。
  • 「待機」とはなにか? 木造のオンボロ一軒家に暮らす英則と奈々瀬は兄妹を自称しているが、実は幼なじみ。ある不幸な事故のオブセッション*2 によって、「兄」は「妹」を軟禁している。「妹」はそれを甘んじて受け入れ、夜も二段ベッドの上下に分かれて指一本振れようとしない「兄」の究極の「復讐」をひたすら待っている。「乱暴」とはなにか? 引っ越しトラックの荷台に寝ていたあずさが、突然ぬっと上体を起こす。小池栄子の初登場シーンだが、まるでスクリーンをさえぎる傍若無人な影のようだった。旦那であるダメ男の貴男とともに、「乱暴」がご近所にやって来たのだ。あずさは夫を養う身の武闘派妊婦。奈々瀬とはかつてのクラスメートで、いわば妹的なしおらしさが武器の奈々瀬にボーイフレンドを寝盗られた過去があるらしい。あずさは「兄妹」関係の薄気味悪さをいち早く見ぬき、攻撃を仕掛ける。縁側からだったか、仏壇のある彼らの居間に向けてあずさが自転車を放り投げる一瞬の殺気と運動感!
  • 奈々瀬とあずさという女のキャラクターの相反ぶりがすこぶる面白い。奈々瀬は一言でいうと、おどおどと気配りする、あなた好み、あなたまかせの女。実はそれ自体がけっこう面倒くさい自分をわかってほしいための擬態でもあるようなのだが、そんなこと、英則や貴男といった単純男子にわかるはずもない。結局、表向きはメイド・タイプの、男にとって都合のいい女なのだ。メイドにしては地味をきわめた上下スウェット姿だけど、本人は「勘違いされないため」というそののっぺらとした姿がかえって欲情の元となる。可愛さと可哀想をウリにしておいて、そんなこと知らぬげな被害者ヅラが同性の女にとってはクズ同然。こういう、ある意味女の一典型をデフォルメしたみたいな役どころを演劇畑の伸び盛り・美波*3 が演じて、戯画化された芝居っ気がやや気になるものの、ありふれていることの悲哀と可笑しみを全身から醸しだしている。ひといきにファンになりました。オレも単純男子だからか。でも、奈々瀬って相当したたかだよね。
  • 対するあずさは鉄火肌の姐御タイプで、その逞しさ、ふてぶてしさに、恋人にするにはたいていの男は尻込みしちゃう。でも、けっこう傷つきやすくもあって、泣きたい場面でも泣けずに、一見してヴァルネラブル(壊れやすい、攻撃を受けやすい)な奈々瀬タイプよりずっと損な役回りを演じてしまう。そこが、同性の女にとっては好かれるところだ。『接吻』や『人間失格』や『パーマネント野ばら』でもそうだったが、小池栄子映画女優としてホントに逸材で、ワンショットで演じるキャラクターをまるごと差しだしてしまうような力がある。色と匂いがある。最悪の局面になって、破水しながら啖呵を切るかっこよさといったらない。じゃぁ、男たちは? といえば、笑うほかないくらい、どうしようもない。そのどうしようもなさがいい。浅野忠信演じる「兄」の英則も、山田孝之演じる夫の貴男も思春期のどこかで精神的な成長がとまってしまったよう。大人になれない男なのだ。英則は趣味への引きこもりがどうやらビジネスの道を開いたようだが、性的には超オクテ。あるいは、それが兄妹関係を続ける英則なりのルールなのかも。貴男はニートのまま結婚したのか、生活能力ゼロ。でも、下半身だけは旺盛で、せっかくの会話の腰を折ることができずに失禁しちゃうようなノーと言えない女、奈々瀬をとりなして色目をつかう。
  • こうして映画は、2組の奇妙なカップルをめぐる一種のセックス・ウォー(性戦争)コメディの様相を呈する。腹ぼての女房を水商売で働かせておいて、自分は就活のふりして隣の女を誘惑しにゆく貴男。外へマラソンに出かけるふりして天井裏に身を潜め、「妹」が誘惑されるのを覗き見する英則。強引に絡みつく貴男の足。抗しきれずに、ついにめくれあがる奈々瀬のオシリ。そこに突発的に巻き起こる宙づり状態の哄笑については、詳細を書かずにおこう。美波も浅野忠信も、小池栄子山田孝之も、みんな体を張ってるね。ところで、わかるようでわからない、あの薄気味悪い明るさを湛えた「兄妹」関係って何なのだろう? 奈々瀬と英則は、そう口にもされるように、「愛」よりも確かな永遠の「憎しみ」で繋がっているのか。夫婦間の永遠の憎しみを描いた映画といえば、フラメンコの昔語りに乗せていっそ突きぬけた明るさのあった木下恵介監督の『永遠の人』を思い出さずにはいられないが、あれは日本的な「家」という制度がまだ牢固としてあった昭和中期の話だった。「家」が望みどおりに壊れたいま、永遠の憎しみなんていうのも不確かで、ずっと一緒にいたいがための擬態でしかないような気がする。みんなが「ふり」をしているなか、そこに風を起こすには、やはり、暴虐のヴァンプ(妊婦にして妖婦!)あずさが必要だなって思う。いい女だ。*4

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*1:元ネタの1963年版『十三人の刺客』は、東映時代劇最後の輝きとなった「集団時代劇」の傑作です。その役者たちとカメラの熱量、フットワークは、70年代のアダ花的大輪『仁義なき戦い』シリーズをはるかに準備したともいえます。ちなみに、監督の工藤栄一は『その後の仁義なき戦い』という佳作も撮っている。新旧『十三人の刺客』の比較については、真野恵里菜主演のドラマに2回関わってもいる佐々木浩久監督のブログ 《「万事快調!」の考察》 がきわめて公正、さすがだと思います。

*2:映画の終幕間近になって明かされるので、ここでは抽象化して記しておきます。

*3:映画『バトル・ロワイヤル』でデビューしたホリプロの女優さん。その後、舞台で実績を積み、野田秀樹蜷川幸雄に重宝されているみたい。髪を2つ結びにして伊達メガネをかけると、ふとした拍子に仲間由紀恵にみえたりします。

*4:映画と結んで不穏な不協和音を響かせながら、胸を突かれるほどリリカルに振れる大谷能生の音楽も、街を行き交う列車の動きもすばらしい。