身すぎ世すぎ。

映画、演劇、HELLOが3本柱の雑感×考察

女優五色豆 冬篇#1 クロエ・G・モレッツ

  • 【『キック・アス』 監督:マシュー・ヴォーン 12/18公開】「ごしきまめ」は五彩の京のお菓子。ちっちゃかった頃、おばあちゃんが籐椅子に腰かけてぽりぽり食べてはった。夜中に仕事していてこのタイトルがひょいと浮かび、なら誰がいいかなぁ、「やりゃーいいんだろう、やりゃー」って童貞大学生を罵倒しながらやっちゃうやさぐれ天女『ばかもの』の内田有紀でいくか、兄に寄り添って不幸をささやかな幸せに変えてしまう逞しい妹キャラ『海炭市叙景』の谷村美月でいくか、仙元誠三の息づくキャメラ松田優作『最も危険な遊戯』の撮影監督!)とシンクロしクール・キャラを返上して尻から崩れてゆく『行きずりの街』の小西真奈美でいくか、と頭をさまよわせたすえ、一八〇度転換して『キック・アス』のクロエ・グレース・モレッツがいるやんかと膝を打つ。戦う少女ヒロインの極めつけ! 『バットマン』とか『スパイダーマン』とかのアメコミ・ヒーローものをわたしは熱心に追っかけてきたわけじゃなく、サム・ライミが撮ってるなら、クリストファー・ノーランが撮ってるならと、気になるものに駆けつける程度なのだが、アメコミ・パロディ? 自己言及もの? 搦め手からのオマージュ? 名づけ方はこの際どうでもいい、『キック・アス』は痛快無比、抱腹絶倒、お正月大作を蹴散らす必見作なのです。
  • 主人公のデイヴは知力体力ともに取り柄なく、財力も能力も魅力もなければ、当然モテもしない高校生。強いのは変身妄想だけで、ネットで仕入れたグリーンの覆面コスチュームを身につけて悪党退治にでかけると、ストリートギャングに刺されるわ車に轢かれるわ大けがを負ってしまう。一命はとりとめた。で、懲りずにニューヨークの裏通りを神出鬼没するうちに、そのへっぴり腰の暗躍ぶりが「キック・アス」と命名されてYouTubeで反響を呼ぶ。なんせこの覆面男、スーパーな力も術も性能もなく、超絶弱いくせに街のワルどもにドン・キホーテのごとく立ち向かってはひどい目にあう。けれど、全身骨折を剛鉄で補強され、末端神経が麻痺したままだからぼこぼこにされてもへこたれない。圧倒的に打たれ強いへたれヒーローなのだ。おおいに笑わせられながら、映画内のネット状況と同様に、観るうちに世の不条理を「見てるだけではイヤ」というキック・アスにシンパシーを感じちゃうところがミソ。
  • 物語はひょんな勘違いからキック・アスが組織を従えた麻薬王の目のカタキにされる方向に展開してゆくのだが、そこに麻薬王に愛妻(娘にとっては母)を奪われ、ひそかに復讐の機会をうかがって修行に励む父娘が強烈な脇役として登場する。可憐でおませなサブストーリーの華、クロエ・モレッツ扮する11歳の娘ミンディのお目見えだ。ミンディはほどなくスーパー少女戦士「ヒット・ガール」として、もののみごとに主役の座を奪ってしまう。精神的に連携しつつ、圧倒的へっぽこヒーロー*1 を圧倒してしまう。それに同期して、映画はアクション・コメディから本格娯楽活劇へと転調する。『荒野の用心棒』のエンニオ・モリコーネの名テーマ曲を合図としてクライマックスへとなだれこむ、血湧き胸躍るわくわく感といったらない。
  • アメコミ作家を、世を忍ぶ仮の姿とするガンマニア・装具マニアの父親「ビッグ・ダディ」と娘の関係は、バットマンとロビンが元ネタらしいが、ミンディが年頃の娘っぽい可愛いグッズをねだりたくなるのをぐっとこらえ、娘を少女ヒーローに育てようと懐柔する父の期待に応えて修行にいそしむところなど、クロエ・モレッツは若さに似合わず芝居の芸が細かい。大きな子供みたいなビッグ・ダディ役ニコラス・ケイジのとぼけた味と、クロエ嬢がかもす気遣いのできる大人びた幼さが息ぴったりだ。父の志を継いでミンディがヒット・ガールに変身するや、紫の髪は1920年代のイケてるお転婆娘「フラッパー」風、防弾チョッキ装着の黒ずくめのレザースーツにタータンチェックのミニスカート、腰には父譲りの銃と装具一式、怪傑ゾロ風のアイマスクにつぶらな瞳と低めの鼻梁を覗かせ、背中の黒マントが風にはためく。ダーティ・ワードの毒を吐き、麻薬王のアジトに単身殴りこめば、手裏剣にバタフライナイフ、二丁拳銃からバズーカ砲までを駆使して優雅に暴れまわる。児童虐待までをギャグにしちゃうアブないユーモアには、製作に怖じ気づいたハリウッド・メジャーを向こうに回したつくり手の初心が宿る。クロエ・モレッツの稽古を重ねた俊敏な身のこなしから、映画に献身する少女のけなげさをびしびし感じる。VFXはあくまで補助的手段で、アクションの基本は役者の肉体と改めて思い起こさせてくれる。殺気をはらんだ芝居の間合いと気合い。それでいて、マスクを外して普通に戻ればキュートな制服少女というギャップ。きゅんとくるなぁ。この天賦の才が、将来に向けてうまく伸びてくれることを願いたい。アンジェリーナ・ジョリーもうかうかしてられないね。

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*1:『ノーウェアボーイ ひとりぼっちのあいつ』で多感なマザコン高校生ジョン・レノンを好演したアーロン・ジョンソンが、オーラを消して演じています。若いのに演技の幅が広い。実力派ですね。