身すぎ世すぎ。

映画、演劇、HELLOが3本柱の雑感×考察

2010年BEST5 日本映画 青春篇

  • 〈青春篇〉といっても、青春を謳歌するいわゆる「青春映画」というくくりではない。わたしは青春にノスタルジアはほとんどないが、その時期につまずいた者として、何度もほとんど強迫的な力でそこに立ち返ってしまう。青春期の過剰さとかラジカルな動力をみなもとに、ひとが依って立つ足元を揺さぶってくる作品群から。

ヘヴンズ ストーリー

  • 零年代の動機なき犯罪をモチーフにした被害者と加害者の死闘のかなたに、愛しい死者たちともう一度出会い直す「天国」的な地平が開ける。瀬々敬久監督の集大成ともいえる4時間38分のサーガの心棒を担うのが、新人女優・寉岡萌希(つるおかもえき)が演じる16歳の少女サトだ。全9章の第1章「夏空とオシッコ」では、お出かけするとオシッコが出なくなる内気な8歳のサトが家族を惨殺され、犯人が自殺して憎しみのやり場もなく町をさまよった末、復讐を託す「ヒーロー」を見つける。そして、生きぬくために夏の光を浴びて放尿するのだ。そのみずみずしさ。8年後の第4章「船とチャリとセミのぬけ殻」、その年の冬の第6章「クリスマス☆プレゼント」がとくに秀逸で、歳月を経た局面ごとに思いがけないかたちで被害者と加害者双方の人間模様がサトを起点に織りあわさってゆく。闘う美少女サトは今年の日本映画が生んだ究極のヒロインかも。

告白

  • 中島哲也監督は現代の戯作者だ。意地悪じいさんのくぐもった「笑い」がびんびんと伝わる。それでいて、なんだろう、観終わった後のこのすがすがしさは。愛娘を殺され、中学校の教室のゆるくて狂った空気に冷静な一撃を加える松たか子の女教師。「なーんてね」と言葉をひっくり返しながら、自分を鼓舞してゆく。生徒が得意な「告白」のウソやまやかしを、自分の武器にして斬りつける。どちらが相手を滅ぼすか。食うか食われるか。血みどろの、黒い笑いの……でも、このしーんと澄んだかなしみは何だろう? ぼくは非凡、という肥大した自意識で武装する犯人A。どんなに孤立してもシンギュラーな少数派につき、はかなく血塗られた青春ラブ・ロマンスに殉じる少女A。熱血学園もののパロディみたいいに、善意のおめでたさによって事態をますます紛糾させる勘違い教師ウェルテル。この多視点が呼び起こす、明るく透明な空虚さ、、、を切り裂く崩壊のきざし、、、の不穏の底から巻き上がるミュージカル的高揚。ぼくたちの罪と罰が、乾いたレクイエムのように響いてくる。

さんかく

  • 成人男子をとことん振りまわし、引きずりまわす少女・桃は、吉田恵輔監督が小野恵令奈をあらかじめ想定して「当て書き」したものだという。心理を表現すれば高級というイメージが世の中にはいまだ根深いが、あらかじめ分析された心の理(ことわり)の意識的な表現じゃなく、天然の無意識の底知れなさ――この掴もうとすれば逃げてゆくものを画面からはみだすほどに描写するほうが、暗闇があってこそ光彩を放つ映画にとってはるかに刺激的かつ本源的だと思う。ぼーよーと沼の底をうごめくナマズが突然浮上してぴちぴち跳ねるような、不気味で幻惑的ななまなましさで、ここでの小野恵令奈はスクリーンに照り映えていた。映画に帰ってきてくれた女優・田畑智子との姉妹間の焔(ほむら)も愉しい。DVD化されて以来、大勢の方に検索を通して《こちら》を訪れてもらった。単館興行ものはDVDになってはじめて全国区として火が点くんだ、というごく当たり前のことにいまさらながら気づく。

ヒーローショー

  • それだけで好きと嫌いに分かれちゃうのか、TVのバラエティのイメージがついて井筒和幸監督のことはやけに語り辛くなった。若き紳助竜助を使いこなした『ガキ帝国』(81)や台頭期のナイナイを使いこなした『岸和田少年愚連隊』(96)を観れば一目瞭然、不良少年*1 の行き場のない鬱屈とその暴発を描いて、彼の右に出る監督はそうザラにはいない。その流れを汲んでジャルジャルを主演にしたこの新作は、「さいあくぅー」みたいな感想も身近なところから聞いたうえで観たのだが、やっぱりすごい! と思った。場末の子供相手の戦隊ものヒーローショーの「善玉」役と「悪玉」役のちっぽけな痴話喧嘩が、ついには底なしの暴力に膨らんでゆくプロセスなんて、ネットの荒らしが殺しに行きつく感じと対応してリアルで怖い。それでいて、漫才くずれの情けないガキ(でも憎めない)と、自衛隊炊事班くずれのワル(でもワルになりきれない)の、バディムービー的泣き笑いの妙味がある。ただ、妥協なしの演出が災いしたのか、お金も時間も万策尽きてほとんどを未決着のまま投げだしたような終わり方だが。失敗作すれすれの冒険的な面白さと言っておこう。

半分の月がのぼる空

  • これはもうベタなまでの青春ファンタジー・ロマンス。難病もののクサい話で終わっちゃうところを、画面をつつむ軽さと清新さの空気感がそれ救っている。甘いと言われりゃそれまでだけど。まぁ自分の「甘さ」をちゃんと自覚しておく意味で。とくに好きなのは病院の屋上で少年が難病の少女と出会うシーン。監督はいま若手ではもっとも重宝されている深川栄洋監督で、新年早々『白夜行』『洋菓子店コアンドル』と演出の技の冴えをみせた話題作が続く。『白夜行』の屋上の夜のクライマックス・シーンもいいのだが、こちらは真っ白なシーツがはためくその隙間から忽那汐里(くつなしおり)のヒロインが顔を覗かせる柔らかな光のシーンだったはず。少女は宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」を愛読していて、ふたりで朗読しあうんだっけ。健康だったころの少女の記憶にある月と塔を見るためふたりで病院を脱出し、脚を挫きながら山道をのぼる森のシークエンスの、そこはかと色っぽい幻想性も、さすが『狼少女』で劇場映画デビューした監督ならでは。

_____

*1:ほとんど死語ですが、「不良少年」が井筒監督には似合います。