身すぎ世すぎ。

映画、演劇、HELLOが3本柱の雑感×考察

犬とあなたの物語  感想

  • 動物ものは苦手、動物そのものとして高貴なのに通り一遍に擬人化しちゃうのも、愛するフリして動物を手段にして安易に泣かせにかかるのも、客をみくびったつくり方やね、って思うことが多い。いまや動物ものというと洋邦問わずたいてい敬遠するようになったが、『犬とあなたの物語』はひとあじ違うよ、って知り合いに勧められて観に行った。観てよかった。犬とひとの関わりのドラマとして、ワンカットごと丁寧に撮られているのがまずなにより。品がいい。手抜きがない。「擬人化」の部分は、犬好きの親ばかの要素としておおらかに、ちょっと皮肉を効かせて笑っている感じ。犬に対して“ごめんね、でも、ここいうふうに思ってくれたらうれしい”という感情の仮託の仕方がお仕着せがましくなくていい。犬に無理やり泣き笑いさせるんじゃなく、「クレショフ効果」ともいうべき編集のシンプルな技法で、犬の仕草や目の表情にこちらが感応してしまう。まずショートストーリーをたたみかけ大いに笑いをとっておいて、その流れを受けてカナメとなる物語「犬の名前」にすっと入ってゆく構成もうまい。職人技があり、それを踏まえて犬とあなたの「記憶」をめぐる物語にじっくり取り組んでいる。いま犬を飼ってる方のみならず、犬を飼ったことのある潜在的犬好きなら胸をかきむしられ、涙がとまらなくなるだろう。今日が正月第2弾の初日。
  • 前半のライト・コメディ系短篇集のなかで、もっとも面白かったのは脚本・山田慶太、監督・石井聡一(オールTOYOTA、アサヒWANDAなどのCMディレクター)による「お母さんは心配症」だ。家で留守番してるまだ幼い愛犬のことが心配で頭がいっぱいの高畑淳子扮するお母さんが、息子の結婚披露宴での出し物から次々に不安妄想を膨らませてゆく爆笑譚。式場の現実とお母さんの妄想の連動ぶりが思いがけない結末をもたらすオチも気が効いている。脚本・太田愛、監督・長崎俊一による「犬の名前」は、その笑いの余韻がまだ冷めやらぬまま、孤独な少年・一郎と鯛焼き好きの柴犬ジローのエピソードを失われた少年期への郷愁をこめて甘やかに語りだす。ジローがある日、少年が学校に行ってるうちに交通事故に遭う。兄弟みたいな愛犬の死のあっけなさが逆にリアルで、同様の経験をもつわたしは胸を突かれた。充溢から喪失への転調。時は経ち、大森南朋演じる一郎は松嶋菜々子の妻が新居にラッキーと名づけた仔犬を連れてきても、犬は嫌いと素っ気ない。そんな一郎が記憶障害におかされ、薄れゆく記憶をジローと二重写しになったラッキーに繋ぎとめてもらう、というお話。どんなにひとが変わっても犬はひととの繋がりを忘れないのね、と信じたくなる。じーんとくる。雇われ仕事としていくらでも安易に流しうるこの物語に、長崎俊一監督が「記憶」のテーマという作家的一貫性をもって丹念に魂をこめる姿勢は感動的というほかない。犬と男の後ろ姿が、残像として心に刻まれてしまう。
  • 「記憶」のテーマを繋いでこれに続くオーラスの掌篇「バニラのかけら」がまたぐぐっとくる可憐な佳品だった。「犬の名前」の端正から「バニラのかけら」の躍動へ。脚本・山田慶太、監督・江藤尚志(日産やアディダスジャパンなどで賞を獲りまくってるCMディレクター)によるこれは、愛犬バニラを亡くしたばかりの傷心の娘・奈津子の物語。生活まわりのあらゆるモノが「バニラのかけら」が宿る愛しいモノたちとしてとり憑いて逃れられない奈津子は、ある日、バニラと瓜二つの犬に公園で出くわす。悲嘆の囚われ、そのどうしようもない感情のほとばしりを、奈津子は想い出とともに生きる力へと変換してみせる。そんな若い娘の彷徨を、暮れ方の陽差しのきらめきを受けて北乃きいがいかにしなやかに活き活きと演じているか。映画女優北乃きいの感受性が泡だつ一期一会の演技的ハイライトといっていい。悲しみを食べて靱くなる少女の映画詩。光と色合い豊かな一篇で『犬とあなたの物語』は幕をおろす。しみじみとあたたかい心持ちであなたは映画館を後にするはず。

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