身すぎ世すぎ。

映画、演劇、HELLOが3本柱の雑感×考察

篤姫ナンバー1  感想

  • いろいろ書きたいことはあるのだが、時に追い立てられてしまう。『篤姫ナンバー1』の完成披露試写のYouTube動画を観て、そういえばこれ観たよなぁと思い出した。わたしが観たのは完成披露ではなく、1週間ほど前の小さな地下の試写室で。備忘録めいたものだけでも残しておこう。これは、あの幕末を生きた篤姫が政略結婚に抵抗しての一念が通じ、薩摩から江戸城にお輿入れする前夜、現代にタイムスリップしちゃうというお話。よくあるタイムスリップものなのだが、脚本がなかなかよくできている。イヤじゃイヤじゃと運命を拒んでいただけの篤姫が、銀座の高級クラブのホステスという就職体験や現代の御曹司とのかなわぬ恋を通し、自立心が芽生えて自分の歴史上の役目を意識するにいたる。非現実的なお話ながら、ヒロインの感情の流れを自然に汲み取れるのがいい。初デートで作り方を覚えたオムレツの手料理を仲間に振る舞おうとする舞い上がり方。その可愛い女っぷりが、時をさかのぼり江戸城の無血落城にのぞんで、これからは女が歴史を引っ張る時代! と大奥の女たちに訓話する姫のりりしさへと変貌するあたり、小中和哉監督の下、女優・石川梨華の芯のある華やかさがよく出ていたと思う。ちなみに、脚本の加藤 淳也は「恋する日曜日」シリーズに『忘れ路の面影』(監督/安藤尋)という忘れがたい佳品があったり、以前から気になっていた才気ある若手脚本家だ。
  • 脇役で得をしていたのは誰か。即座に、篤姫をお守りするくのいち、ミツを演じたとっきーだと断言できる。猫が毒味するみたいに朝食のパンを隠れてかじったり、ケータイが鳴るとクセモノ!ってなふうに手裏剣を飛ばしたり。時間移動がもたらすカルチャーギャップの可笑しさを、なんとも涼しげなコケティッシュな魅力でこなしていた。新人女優としてお手柄だ。ミツは吹き矢名人でもあって、彼女とからむコメディリリーフ、というかオチ担当として笑いをとるのがカメオ出演つんく♂。下世話な楽屋落ちめいていささか気恥ずかしくもなるけれど、嫌いじゃない。少なくとも、自分が育てたアイドルたちに「先生、先生」と呼ばせる某プロデューサーの教祖的メンタリティよりは、おのれのガキっぽさや俗っぽさを嗤う態度の方がはるかに好ましいと思う。ただ、このくのいちの活躍は、篤姫あらため「アツコ」がホステスとして売れっ子になるのをやっかんだ同僚の嫌がらせをいかに阻止するかのくだりなど、もっと面白くできただろう。編集の呼吸に工夫の跡はあるのに、忍者アクションとして映画が活気づかないのだ。アツコたちのホステスとしての日課をミュージカル風味で伝える演出なども一瞬気が効いてるなと思ったが、あまりにも半端だし。こう言いだすと、アラがいっぱい見えてくるのでほどほどに留め、あとは演出について大づかみなことだけを記しておく。
  • 【以下、グチっぽくなります。すでに観る予定の方、ここまでで観てみようと思った方は、この先読まずにおくのをお勧めします。】…………脇で輝いてるのは? と問われると、とっきーを挙げるだけで口ごもっちゃうのがなんとも切ない。役者の責任じゃない。中澤裕子演じる篤姫の世話係とか、アツコの最大ライバルとなる吉澤ひとみ演じる子持ち(!)の超売れっ子ホステスとか、もうちょっと虚実の持ち味を生かした演出ができるはずだろう。タイムスリップがもたらすカルチャーギャップ・コメディというのは、誇張や感傷に頼ると野暮になる。そこはシンプルにさりげなく――。この間の米アカデミー賞で最優秀脚本賞を受賞したウディ・アレンの新作『ミッドナイト・イン・パリ』を観てみると、超シンプルなタイムスリップものなのに、現代の社交に馴染めない主人公がヘミングウェイフィッツジェラルドらが毎夜を過ごした1920年代のパリの社交には夢心地にはまってゆく逆カルチャーギャップの着想が新鮮で、しかもそういう過去志向の主人公がふたたび「いま」に降りたって新たなビジョンを得て一歩を踏みだす、いうひねりの効いた展開も上手い。アレン映画は上手すぎて自虐と知性のあり方が嫌みなこともあるが、こうも素直に「大人の稚気」をみせられると手放しに誉めたくなる。それに比べて、小中和哉の演出は、自主映画のころから観てきたが、一向に「大人」になれない。自分の幼児性に距離を置く大人の稚気というものがない。いや、アレン映画なぞを引き合いに出すのは、いささか公正じゃないよなぁ。ならば、現代のシングルマザーのアパートに転がりこんだ侍がスイーツづくりにいそしむ錦戸亮主演のタイムスリップ・コメディ『ちょんまげぷりん』(監督・脚本/中村義洋)の出来くらいは要求したい。丹念な日常の細部の積み上げで軽妙にとぼけ、すとんと落として後くちが胸に沁みるあの語り口くらいは。予算の問題じゃない。影として生きてきたくのいちミツの行く末まで、かなり目配りの効いたホンなのに演出がショボ過ぎる。

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